日本・マルタの友好を次世代へ継承
使節団がスピテリ大統領を表敬、大学図書寄贈や戦没者慰霊、草の根交流も

2026.03.09
(スピテリ大統領(中央)とマルタ使節団)



日本マルタ友好協会(本部・東京)の使節団(Cultural Mission)が2月11日から17日にかけてマルタ共和国を訪問した。

白鳥令・同協会会長(元在東京マルタ名誉総領事)を団長とする一行は、ミリアム・スピテリ・デボノ大統領への表敬訪問を行ったほか、マルタ大学への図書寄贈、第一次世界大戦時の日本海軍戦没者慰霊などを実施。

今回の派遣は、マルタ全土が活気づく伝統行事「マルタ・カーニバル」の開催期間(13日~)と重なり、一行は、現地市民の輪に飛び込む貴重な文化体験も果たした。

両国の100年以上にわたる歴史的絆を再確認するとともに、未来に向けた若者交流の促進で一致した。




歴代大統領との絆、若者へ

今回最大の焦点となったのは、スピテリ大統領への謁見だ。現地時間13日、首都バレッタ近郊のサンアントン宮殿を訪れた使節団一行は、現地在住の日本人留学生2名を含む12名で大統領と面会した。

白鳥団長は、マルタが国民党政権だった時代のタボーネ大統領以来、政党の垣根を越えて歴代大統領と交流を続けてきた。
長年にわたり名誉総領事として両国関係に尽力した功績に対し、スピテリ大統領からは深い感謝の意が伝えられた。

日本側からは、女性大統領への敬意を込め、羽子板や日本人形、扇子などの伝統工芸品を贈呈し、和やかな雰囲気の中で懇談が行われた。

会談の中で、スピテリ大統領は、白鳥団長に対し「両国の未来を担う若者同士の親睦と友好を加速させたい」と強調。
歴史的友好関係を基盤としつつ、次世代の交流活性化に強い意欲を示した。




「日本の心」を大学へ

学術・文化面での交流も深化。一行はマルタ唯一の国立大学であるマルタ大学を訪問し、大学図書館へ英語で書かれた日本関連図書の寄贈を行った。

寄贈されたのは、新渡戸稲造の『武士道』や『鶴の恩返し』、北海道の写真集など多岐にわたる。
団員が「これらの本を通じて日本の精神文化に触れてほしい」と伝えると、図書館長は「日本の文化には大変興味があり、光栄だ」と歓迎した。


また、現地では4年間の正規留学中の学生や、国際教養大学からの交換留学生とも合流。
増加傾向にある日本人留学生のネットワーク構築や、サッカーを通じた現地学生との交流案なども議論された。




迪宮裕仁親王ゆかりの地と戦没者墓地

両国の歴史的な「縁」をたどる活動も行われた。

一行は、第一次世界大戦時に地中海へ派遣され、この地で戦死した日本海軍将兵が眠る英連邦戦死者墓地(カルカラ)を参拝。
2017年には当時の安倍晋三首相も訪れた場所であり、団員らは先人の犠牲に静かに祈りを捧げた。

また、サンアントン宮殿の庭園では、1921年(大正10年)に皇太子時代の迪宮裕仁親王(昭和天皇)が欧州訪問の際に植樹された杉の木を視察。
「PRINCE HIROHITO」と刻まれた石碑と、1世紀を超えて根付く大木を前に、参加した若手団員からは「教科書では学べない深い歴史を感じた」との声が上がった。




自治体交流と大使館への期待

草の根レベルの交流では、マルタ中部の都市・ビルキルカラ市を訪問した。

ビルキルカラ市は、昨年10月に埼玉県草加市の山川百合子市長が訪問した都市だ。

同市庁舎への訪問では、事前の約束がなかったにもかかわらず、市長や議長が歓迎。
13日夜にビルキルカラ市内で開催された「マルタ・カーニバル」のパーティには使節団全員が招待され、熱烈な歓待を受けた。

1500年近い歴史を持つとされるマルタ・カーニバル。
期間中、首都バレッタは極彩色の山車(だし)とダンサーで埋め尽くされる。

バレッタでのカーニバルは観光客にもお馴染みの光景だが、「地元の祭り」に観光客が参加するのは異例だ。

団員らはビルキルカラ市職員や市民と飲食を共にし、交流を楽しんだ。
この異例の待遇は、長年にわたり友好関係を築いてきた同協会の実績と信頼がもたらしたものと言えるだろう。

滞在中、使節団は在マルタ兼勤駐在官事務所(日本代表部)も訪問。
山口所長らと面会し、将来的な「正規の日本大使館」開設に向けた現状と課題について意見を交わした。
草加市から贈られた伝統工芸品が入り口に飾られるなど、日本の自治体との連携も着実に進んでいる。

事前学習として計5回のオンライン勉強会(マルタの歴史、マルタ騎士団、甲冑修復、教育史など)を受講して臨んだ団員たちは、マルサシロックの市場や世界遺産ハジャー・イム神殿、冷戦終結の舞台となった「マルタ会談」の記念碑なども視察。

マルタの伝統料理「パスティッツィ」や地ビールに舌鼓を打ち、五感でマルタを満喫、口を揃えて「大満足の旅だった」と語った。

今回の使節団に参加した大塚桂樹事務局長は、「マルタの若者や政府関係者からも『いつか日本に行ってみたい』、『また日本に行きたい』という熱い声を聞いた。物理的な距離は遠くても、国境を越えた強い思いがある。今後も1〜2年に1度は使節団を結成し、両国の架け橋としての活動を続けていきたい」と力強く述べた。

地中海の十字路・マルタと日本。先人たちが築いた平和と友好のレールは、今確実に、次代の若者たちへと引き継がれようとしている。

両国の「次の100年」に向けた新たな架け橋となることが期待される訪問となった。



(写真提供:日本マルタ友好協会)




【HYAKUYOU編集部】

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