
ロシアによるウクライナ侵攻や中東情勢の悪化など、世界各地で紛争が絶えず、大国間の対立や分断が深まる現代。
日本もまた、激動の地政学的な波の最前線に立たされ、ナショナリズムの高まりや防衛力の強化など、先行きの見えない不安が社会を覆っています。
そんな「戦争の時代」において、私たちはどうすれば平和と安定の道を切り拓くことができるのでしょうか。
今回は、国際政治学の第一人者であり、青山学院大学名誉教授の羽場久美子氏にお話を伺いました。
羽場氏は長年、ヨーロッパ国際政治や地域統合、マイノリティ問題を研究し、日本学術会議の第1部会員や、世界国際関係学会(ISA)USAの副会長、アジア太平洋会長を歴任するなど、国内外の学術界で多大な功績を残されてきました。
近年は「紛争の平和的解決」を研究テーマに掲げ、アジアやグローバルサウスの国々との地域協力のあり方を精力的に模索・提唱されています。
本インタビューでは、ご両親の被爆・戦災体験から見えた「戦争の限界」と「グッドガバナンス(良い統治)」の重要性をはじめ、人類の進化史に基づく「共生」という最強の生存戦略について語っていただきました。
欧米の覇権が揺らぐ中で日本が描くべき未来の選択肢、そしてSNSの影響で内向きになりがちな若者たちへ向けた熱いメッセージなど、分断の時代を乗り越えるためのヒントがここにあります。
−−いつも講演会等で先生の発表を拝聴しています。本日は色々とお聞かせいただければと思っています。まずは先生の自己紹介をお願いできますでしょうか?
羽場:
私は長く青山学院大学で教鞭をとり、国際政治を教えてきました。
その後、神奈川大学を経て、早稲田大学に移り、現在は文部科学省の科学研究費をいただきながら「紛争の平和的解決」をテーマに研究しています。
ヨーロッパやアジアをはじめ世界中で紛争が広がっていますが、それをどう解決していくか。若者との共存や、EUのような地域協力関係を築いて共に発展していく道を模索しています。
特に私は、中国やインドがグローバルサウスの国々と共にインフラ整備や投資を行い、若者を育てていく取り組みが素晴らしいと考えており、そうした地域協力が紛争の世界を平和と安定、発展の時代へ導くのではないかと考えています。
最近も中国のさまざまな大学や社会科学院に呼ばれ、新疆ウイグル自治区や西安の兵馬俑なども視察しました。昨年は長崎、広島、沖縄の若者たちに中国の東北地方(旧満州)へ行ってもらい、日本の加害と被害の歴史を学んだ上で中国の学生と交流してもらうというプロジェクトを行いました。
帰国後、彼らが「日中の平和と友好のために働きたい」と言って、それを実行してくれていることは、未来に向けて本当に素晴らしい成果だったと感じています。
両親の被爆・戦災体験から見えた「戦争の限界」と「良い統治(グッドガバナンス)」の力
−−先生が国際関係や平和研究の道を志された原点は何でしょうか。また、その問題意識は今の世界情勢の中でどのように変化していますか?
羽場:
私の原体験として最も大きいのは、両親が第二次世界大戦で戦争被害に遭っていることです。
父は広島駅の構内で被爆しました。
爆風で石造りの駅舎の内側に叩きつけられたため奇跡的に命を取り留めましたが、一歩外に出ていれば焼け野原で亡くなっていたでしょう。
母も、都市への絨毯爆撃で家族をほとんど失いました。
両親とも「なぜ自分だけが生き残ったのか」と葛藤を抱えながら、晩年は平和のために尽くしたいと語っていました。
この父母の経験が、私の「戦争は二度としてはいけない、それを一生のミッションにしていきたい」という思いの根底にあります。
私は現在、『先進国危機と戦争』という本を執筆中です。
これまで経済で世界を牽引してきた先進国が行き詰まり、中国やインド、グローバルサウスに追い抜かれそうになる中で、武力によって覇権を維持しようとし、世界各地で戦争を引き起こしていると考えています。
歴史を振り返ると、大国は武力による支配が限界に達したときに衰退していきます。アメリカが武力だけで覇権を維持しようとすれば、近い将来限界が来るでしょう。
逆に、ローマ帝国や中国の王朝、インド、ペルシャ、オスマン・トルコなど長期にわたって続いた帝国は、戦争よりも宗教や文明、経済力によって市民を豊かにする「グッドガバナンス(良い統治)」を実践していました。
ASEANなどが対話を重ねて違いを乗り越えようとしているように、共存と良い統治こそが、世界を安定して発展させる基盤になると考えています。
−−アメリカは歴史が浅いため、まだそれに気づいていないのかもしれませんね。
羽場:
おっしゃる通り、アメリカが世界のトップに立ってからはまだ100年も経っていません。
ローマ帝国が法や水道技術を整備して長期的な秩序を築いたように、長期政権にはグッドガバナンスが不可欠なのです。
欧米の覇権が揺らぐ今、「排除」ではなく「包摂」が戦争を防ぐ鍵となる
−−現在、ナショナリズムや国同士の対立が高まり、世界が分断されていると感じる人が多いと思います。先生はこの状況をどのように見ていますか?
羽場:
私は以前、『ヨーロッパの分断と統合:包摂か排除か』という本を出しました。
結論から言うと、国が衰退し経済が行き詰まると、国家や政府は必ず他国や国内のマイノリティ、移民、難民などを「スケープゴート(排斥の対象)」にし、自国民の団結を図ろうとします。
これがナショナリズムやポピュリズムを生み出すのです。
しかし、排除ではなく「包摂」、つまり違いを超えて一緒にやっていくことこそが戦争を避けるための基本です。
現在の対立の高まりは、欧米の力が弱まり、アジアやBRICS、グローバルサウスの時代へとパワーバランスが移行していることに起因しています。
欧米は経済や科学技術でアジアに抜かれつつあり、今や唯一の優位性は「武力」だけになってしまいました。アメリカ一国で世界の軍事力の約40%を占めている状況です。
今、世界の物流の要所である「チョークポイント」(マラッカ海峡、ホルムズ海峡、スエズ運河、パナマ運河など)は、新興国や非欧米諸国の影響下にあります。
トランプ大統領がグリーンランドの買収を口にしたり、アメリカが世界各地で軍事的な介入を行っているのは、こうした地政学的な要衝を取り戻し、新興国を抑え込もうとする動きに他なりません。
かつて欧米が植民地化を進めた状況の逆転が起きており、非常に複雑な大国の攻防が現在の「戦争の時代」を作り出しているのです。
−−日本もアメリカとイランの間に挟まれるなど、難しい立場に立たされていますね。アメリカに利用され、万が一のときに一番被害を受けるのは日本なのではないかと危惧している人も多いと思います。
羽場:
日本はまさに「歩兵」のように最前線に立たされています。
もし日本がミサイル配備を進め、実際に戦争になれば、一番初めに甚大な被害を受けるのは日本です。
沖縄の大学の先生が「もし戦争になれば、沖縄の人たちは白旗を上げて絶対に戦争はしない」とおっしゃっていましたが、日本は絶対に戦争をしてはいけません。
犠牲になるのは常に、市民たち、若者たちなのですから。
ホモ・サピエンスが生き延びた理由──「共生」こそが最強の生存戦略
−−戦争や分断が進む中で、「共に生きる」という理想論を現実のものとするために必要なものは何でしょうか?
羽場:
理想論だと言われがちですが、歴史や生物学の観点から見ると、実は「共生」こそが最も現実的な生存戦略なのです。
京都大学の元総長でゴリラ研究者の山極壽一氏や、人類学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏の研究にもありますが、人類の進化において生き延びたのは、力が強く個人主義的だったネアンデルタール人ではなく、体が小さくても100人、200人の集団を作って協力し合ったホモ・サピエンスでした。
彼らは災害や戦争があっても集団で助け合い、最終的にはネアンデルタール人の子どもたちさえも受け入れて生き延びたと言われています。
中国が日本の残留孤児を育ててくれたことにも通じる、素晴らしい「共生」の姿です。
戦争で覇権を握り領土を拡大するよりも、文明や経済、宗教を通じて弱者を救い、大きな集団で生きていく方が、長期的には種を保存し歴史を継続させることができます。
武力で無理に拡大すれば、それを維持できなくなったときに突然滅びてしまいます。それが歴史の法則です。
アメリカの世紀も、やり方を変えなければあと100年は続かないでしょう。
ですから、高市早苗氏のような「力による抑止」を強調する政治姿勢には危惧を抱いています。
中国や韓国、ASEANと協力して発展していくことこそが、日本が幸せに生き延びる道だと考えています。
多様性が都市を変える。対話による平和は「多文化共生」の土壌から生まれる
−−ウクライナや中東、ラテンアメリカなど、力による現状変更が続く中で、対話による平和は可能なのでしょうか。
羽場:
長期的には、G7の時代からBRICSやグローバルサウスの時代へと大きなうねりが起きています。
短期的に見れば、アメリカやイスラエルが武力で状況を力づくで抑え込もうとする動きが続くかもしれません。しかし、希望もあります。
例えば、ニューヨーク市長にはイスラム系で民主社会主義者を自任するゾーラン・マムダニ氏が選ばれましたし、ロンドン市長はイスラム教徒のサディク・カーン氏が長年務めています。
世界最強の資本主義都市で多様性を受け入れる変革が起きているのです。
日本でも、移民や在日外国人(中国系や韓国系の方々など)が政治に参加し、多様なバックグラウンドを持つ人々が社会の意思決定に関わるようになれば、新しい風が吹き込むはずです。
対話による平和を実現するためには、まず国や地域の中で、多様な人々が対話できる環境(多文化共生)を整えることが大前提なのです。
−−日中韓が経済的・政治的に協力できれば世界最強の枠組みになるはずなのですが、文化的な壁がないはずなのに作られた壁に阻まれていると感じます。
羽場:
その壁を乗り越えられるのは若者たちです。
お互いの歴史、特に日本の加害の歴史も含めて学び合い、大学などの教育の場、あるいは友好協会のような場で、共に協力して発展していく環境を作っていくことが重要ですね。
アジアの防波堤から共創の架け橋へ。日本が描くべき未来の選択肢
−−日本は今後、アジアや世界の中でどのような役割を果たすべきでしょうか。また、軍事力の強化と平和的外交のバランスをどう取るべきだとお考えですか。
羽場:
日本の近代史は日清戦争から始まり、軍国主義と植民地主義に突き進んだ結果、第二次世界大戦で敗戦を迎えました。
その後、アメリカの戦略転換により、日本は中国やソ連に対する「防波堤」として日米同盟に組み込まれました。
しかし、今の時代、日本経済の復興のためには中国やインド、ASEANと手を結ぶことが不可欠です。
経団連や、中小の経済界の中にも中国やアジアとの結びつきを重視する声がありますが、アメリカは日中韓が連携することで、米軍の存在意義が薄れることを恐れています。
そのため、アメリカは、ウクライナとロシアのように、日本と中国を対立させようとしているのです。
この作られた対立関係を崩すには、隣国と歴史や経済、そして将来のビジョンについて対話し続けるしかありません。
「中国は怖い」と疑心暗鬼になるのではなく、中国やアジア諸国と連帯することが日本自身の矛盾を解決する道でもあるという選択肢を、若者たちに持ってほしいと思います。
日本の持っているボランティア精神や経済力を、グローバルサウスやアジアの発展のために生かすことが、今後の日本の果たすべき役割です。
SNSによる情報戦と右傾化の波。対立を越えるための「対話」の重要性
−−日中関係や東アジアの地域協力について、対立を越える枠組みを作る可能性はあると思われますか。
羽場:
今は政治的に揺り戻しの時期で、右傾化が進んでいます。
先日の選挙でも、自民党が圧倒的多数を獲得しましたが、これにはSNSの力が大きく影響しています。
衆院選に関連する自民党のポジティブキャンペーン動画が広告を含めて二十八億回、野党へのネガティブキャンペーンが1億回以上も再生されるなど、情報戦の技術において圧倒的な差がありました。
中国やインドは若者がSNSを巧みに使いこなしていますが、日本のリベラル層はまだそれに追いついていません。
結果として若者が「中国の脅威」などの情報に煽られ、右傾化しているように見えます。
−−中国でも最近は少しずつ政治に関心を持つ若者も増えてきているように感じます。
羽場:
日本の若者も、基本的には軍国主義者になっているわけではありません。
「自分の住む街には戦争は来ない」という幻想を抱いているだけです。
政治の腐敗や軍事費増大による生活の圧迫が目に見えてくれば、必ずまた新しい動きが出てきます。
ここ1、2年は我慢の時期かもしれませんが、21世紀後半にはアジアやグローバルサウスが世界のトップになる時代が来ます。
そのときに日本が彼らにミサイルを向けるのではなく、共に平和で豊かな世界をどう作っていくか。まずは隣国の若者たちと交流と話し合いを続けることが、対立を越える枠組み作りの第一歩です。
内向きな社会で苦しむ若者たちへ。他者を救う想像力が、自らを救う力になる
−−最後に、不安定な時代に生きる若い世代に最も伝えたいことは何でしょうか。
羽場:
今の若者たちはSNSやネットに囲まれ、どうしても内向きになり、自分自身の苦境にばかり目を向けてしまいがちです。
非正規雇用が増え、生活が苦しい若者が多いのは事実であり、またネットでのいじめもあり、その苦しさは痛いほどわかります。
しかし、自分の殻に閉じこもって「なぜ自分だけがこんな目に」と思い詰めると、さらに追い込まれてしまいます。
どうか、少しだけ世界に目を向けてみてください。
ガザやイランの空爆で、罪のない子どもたちが命を落とし、明日の食べ物もない人たちがたくさんいます。「どうしてこんなことが起きているのか」、「自分に何かできることはないか」と想像力を働かせ、正義感を行動に移してほしいのです。
また、国内においても「高齢者の福祉を削って若者に回せばいい」、「防衛費を増強すべきだ」「移民や外国人は出ていけ」といった極端な意見がありますが、それでは決して若者の生活は豊かになりません。
数十年後には今の若者も高齢者になります。移民がいなくなると労働力不足がすぐに現実化してきます。
インバウンドの観光客がいなくなれば困るのは日本でもあります。
日本の輸出入トップ10のうち今や8か国がアジアの国々です。
他者を排除するのではなく、被災地におにぎりを持っていくような小さなボランティアでも構いません。
隣にいる留学生に話しかけてみるだけでも構いません。
誰かを助けることで、結果的に自分自身の心も救われ、社会全体が豊かになっていくのです。
ネットを見つめて鬱々とするのではなく、ぜひ中国や韓国、アジアの国々へ旅行に出かけてみてください。
実際に現地の美味しいものを食べ、現地の若者と話し合えば、彼らがどれほど日本の文化やアニメを愛してくれているか、そしてどれほど良い人たちであるかがわかるはずです。
−−私も本当にそう思います。中国の一般の人々は、日本の文化やアニメが大好きです。日本の方にも、もっと中国の素晴らしい景色や文化を知ってほしいです。先ほどの動物の進化論のお話ですが、私も同感です。草食動物の方が肉食動物より多く、長く生き延びます。人類も力や武力に頼るのではなく、別の力で解決できる方向に進化していくべきですね。
羽場:
その通りです。ハーバード大学の学者が「戦争は『恐れ』から起きる」と言っています。
相手に奪われるかもしれないという恐怖が先制攻撃を生むのです。
白人中心の歴史は武力による拡大の歴史でしたが、アジアはかつて長期にわたって安定した平和な時代を築いてきました。
アジアの時代が復活すれば、豊かな食と集団生活を重んじる私たちは、安定した共存の社会を築けるはずです。
欧米諸国に「私たち(アジア)がトップになっても、かつてのあなたたち(欧米諸国)のように搾取や植民地化はしません。一緒に豊かに生きていきましょう」と伝え、恐れではなく共存の関係を再構築していくことが重要ですね。
羽場久美子氏HP
HP:https://side.parallel.jp/kumihaba/
(取材・文/劉聰/在日中国人ライター。日本外国特派員協会(FCCJ)会員)