過去の惨劇から現代の排外主義を問う──学生団体「民族問題研究部」が映画『福田村事件』上映·討論会を開催

2026.06.06
(小林三四郎氏)



関東大震災直後に起きた実際の虐殺事件を描いた映画『福田村事件』の上映会およびトークイベントが、東京大学の学生らで構成される「民族問題研究部」の主催で開催された。

作品の統括プロデューサーである小林三四郎氏や東大教員らをゲストに迎え、約60人以上の学生や市民、在日外国人らが参加。

過去の歴史的悲劇と、現代社会に蔓延するヘイトスピーチや入管問題などを結びつけ、白熱した議論が交わされた。




民族問題研究部(Society for the Studies of Nation Issues)とは


定例上映会を主催した「民族問題研究部」は、現代社会に蔓延る民族問題の「モヤモヤ」に正面から取り組む学術サークルだ。

「国(政府)というシステムよりも、そこに生きる人々の自由なつながり(=民族)を信じよう」という理念を掲げ、「国」というフィルターを外して生身の人間同士のドラマとして世界を見直すことを目指している。

日々の活動では、都内のエスニック料理店を訪れて食から世界を知る取り組みのほか、クルド問題やミャンマー情勢などに関する講演会を企画·開催。

大学生だけでなく大学院生も多数参加し、立場の異なる人々が安全に対話できる「言論の場作り」も模索している。

今回のイベントのような定例上映会も活動の一つだ。




100年前の悲劇と現代のつながり


イベントは映画の上映後、登壇者と参加者が対話する形式で行われた。

司会を務めた同部の金澤伶さんは、関東大震災直後に多くの中国人が犠牲となった亀戸周辺でのフィールドワークの経験に触れ、「日常の生活圏で隣人を虐殺した生々しい事実が、碑などの記録としてほとんど残されていない」と指摘。

さらに現在の入管行政における難民の強制送還問題にも言及し、「当時の政府の隠蔽体質や責任逃れの姿勢は、現代の政治にもつながっているように感じる」と危機感を露わにした。

『福田村事件』の統括プロデューサーである小林三四郎氏は、製作の背景について「100年前の悲劇から我々は何も学んでいないのではないかという強い思いがあった」と語った。

「近隣諸国が自国の歴史と向き合う映画を作る中、日本だけが近現代の負の歴史から目を背けようとしている。その大きな力に抗いたい」と作品に込めた決意を述べた。




差別の増幅と「言論の場」の確保


東京大学で歴史研究に携わる外村大教授は、映画の内容を「日本の社会構造や今日の世界の縮図」と評価。

加害者の心に負うトラウマや、被害を受けた朝鮮人·中国人の多くが「名前すら知られていない」という非対称な歴史的背景を解説し、「学問を通じて語られなかった史実を伝え、社会に働きかける努力を続けなければならない」と訴えた。

また、現代中国の政治社会を専門とする阿古智子教授は、現在のネット空間に蔓延する差別的言動について、「他者への恐怖心から生じる感情が集団で増幅され、現実の暴力や行動に結びつきやすくなっている」と警鐘を鳴らした。

「国境を越え、異なる立場の人々が対話できる安全な環境(セーフスペース)を作ることが不可欠だ」と語った。

(外村大教授)

(阿古智子教授)




当事者の切実な声と「隣交」の必要性


会場との意見交換では、参加した市民や留学生から切実な実体験が語られた。

ある中国人参加者は、パンデミック中に電車内でいわれのない差別的発言を受けた体験を告白。

別の参加者からは「関東大震災の虐殺が小中学校の歴史教育で十分に教えられておらず、次世代へ歴史が繰り返されるのではないかという恐怖がある」との声が上がった。

討論の終盤、小林氏は「排外主義は世界に対する恐怖感の裏返しであり、一部ではそれがプロパガンダやビジネスとして利用されている。それに流されず、日常的な『隣交(近隣との交流)』を続けることが重要だ」と呼びかけた。

同部の金澤さんは「語られなかった被害を言葉にし、感情をコントロールしながら対話の場を少しずつ広げていきたい」と締めくくり、熱気に包まれた上映会は幕を閉じた。

過去の過ちを直視し、現代の社会課題にどう向き合うのか。

国籍や世代を超えた対話を通じて、学生たちの模索は今後も続く。






(取材・文/劉聡/在日中国人ライター。外国特派員協会(FCCJ)会員)

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