
アルジェリア出身で、人生の半分を海外で過ごしてきたアディミ・ワディさん。
現在は日本で生活しながらMBA取得を目指す傍ら、母国での農業や日本とアルジェリアを繋ぐ留学ビジネスを手掛けるなど、多彩な活動を展開しています。
母国の過酷な内戦時代、閉塞感の中で彼を救ったのは日本のアニメでした。
いつしか日本は彼にとって「ジャパニーズ・ドリーム」を抱く憧れの地となります。
やがて来日を果たしたワディさんは、母国を苦しめた「急進主義」を防ぐため、日本の大学院でテロリズム防止の研究に没頭し博士号を取得しました。
そんなワディさんから、外からの視点で見つめる日本の魅力と「形式偏重」といった課題、そして最近肌で感じているという日本社会の多文化共生の変化について率直に伺いました。
さらに、テロ防止の研究から導き出された「多様な人々が共に生きるための鍵」や、次世代にかける熱い想いにも迫ります。
内戦の閉塞感と「ジャパニーズ・ドリーム」
--今日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をお願いします。
アディミ・ワディさん(以下、ワディ):
アディミ・ワディです。
アルジェリア出身ですが、人生の50%、約20年ほど海外で過ごしてきたので、自分をどう定義していいか本当にわかりません。ノマド(遊牧民)のような生活でしたね。
現在は、妻と子どもたちと日本で生活しながらMBAの取得を目指しています。
また、アルジェリアで農家をしながら小さなビジネスもしています。
これまでに教育に携わっていた時期も20年近くあります。
1年間の内、2ヶ月間を日本、1ヶ月間をアルジェリアで過ごしているような状況です。
最近は中東情勢の影響で、アルジェリアに帰国できていませんが。
その前には、日本の大学で「テロリズムの防止(急進主義の防止)」に関する博士号を取得しました。

--テロリズムの防止を研究しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
ワディ:
私の国は非常に長い間、急進主義に苦しんできました。
約30年です。そのうち10年間は内戦があり、20万人が亡くなりました。
高校の友人や、いとこ、隣人にも急進主義者やテロリストになってしまった人がたくさんいます。
彼らがどうやってそうなってしまったのかを理解したいと思ったのです。
私はビジネス分野の出身ですが、テロリズムは社会科学の分野なので、自分自身を再教育するために京都の同志社大学で学びました。
--様々な国で生活されてきた中で、日本に関心を持ったのはなぜですか?
ワディ:
若い頃、アルジェリアで生活していると、まるで「刑務所で生まれた」ような息苦しさを感じていました。
内戦の影響で危険なため外に出られず、すべての近所には『進撃の巨人』の壁のようなものがありました。
誰もがそこから逃げ出したいと思っていました。
そんな内戦の10年間、外に行けない私は、毎日友達と一緒に父が持っていたフランス語版の『キャプテン翼』や『ドラゴンボール』といったアニメのVHSを見ていました。
アニメの影響はとても大きいです。
また、インド人や中国人が「アメリカン・ドリーム」を抱くように、アルジェリア人にとっては日本が「ジャパニーズ・ドリーム」であり、私にとっては常に最終目的地でした。
--アルジェリアの方にとって、日本はそれほど憧れの国なのですね。
ワディ:
アルジェリア人の視点からすると、西洋の覇権に苦しめられてきた歴史的背景があります。
フランスとの独立戦争では100万人以上のアルジェリア人が亡くなりましたし、アメリカは中東やアフリカの国々を攻撃してきました。
私たちは西洋を一つの実体として見ており、その反発から、イスラム教や東洋、そして特に日本を「天使のような国」として認識している側面があります。
第二次世界大戦で日本がフランス領インドシナを攻撃したことも、アルジェリア一般の認識の中では「自分たちを苦しめたフランスに立ち向かった」と捉えられている部分があるのです。

日本の多文化共生に潜む「フォーマット偏重」と「変化の兆し」
--実際に日本で生活してみて、率直にどう感じていますか?日本の良いところや、改善点があれば教えてください。
ワディ:
正直に言って、日本は安全性、清潔さ、利便性など、細かいところまで深く考え抜かれていて、批判するのが非常に難しい素晴らしい国です。
ただ、あえて改善点を挙げるなら「官僚主義」ですね。
日本では、物事の「内容(コンテンツ)」が50%、「形式(フォーマット)」が50%だと感じます。
例えば書類の提出でも、アルジェリアなら名前と生年月日が紙のどこかに書いてあればそれで十分ですが、日本では年月日を書く順番や、カタカナの間のスペースまで厳格に決められています。
形式にこだわりすぎるあまり、内容や核心が疎かになっている部分があるかもしれません。
--日本に住む外国人の立場として、現在の日本の「多文化共生」についてどう感じていますか?
ワディ:
以前は妻に「日本に住んで、死ぬ時はアルジェリアに帰りたい」と言っていたほど、日本は私にとって最も居心地の良い場所でした。
日本人は私に「アルジェリア人らしい行動」を期待せず、私はただの「私(ワディ)」でいられたからです。
日本の多文化共生はとてもうまく機能していると思っていました。
しかし最近、政治的な右傾化や、SNSなどで反移民の投稿を多く目にするようになり、少し状況が変わったと感じています。
以前は日本でビジネスを始めるための要件もハードルが低く、私も学生エージェンシーを立ち上げて日本とアルジェリアの架け橋になる夢を描いていましたが、今は資本金や雇用の要件が非常に厳しくなり、移民へのハードルも高くなりました。
日本社会の水面下にあった反感が現れてきているようで、少し居心地の悪さを感じ始めているのも事実です。

共生の鍵は「アイデンティティを忘れさせる別の何か」
--ワディさんはテロリズムの防止について研究されてきましたが、これは多文化共生にも通じる部分があると思います。今後、異なる文化の人々がうまく共生していくためには何が必要だとお考えですか?
ワディ:
それこそが私の論文の核心です。
人が急進化(過激化)していくプロセスは、まず特定のアイデアに敏感になることから始まり、次に同じ考えのグループに属して互いに意見を増幅させ(ミラーリング)、最後に行動に移します。
このプロセスを止める防止策、つまり「共生」を成功させるための鍵は、「文化とは全く関係のない間接的な行動」を共にすることです。
--文化とは関係のない行動、ですか?
ワディ:
はい。異なる文化の人々をただ集めて「友達になりましょう」「互いの文化を理解しましょう」と説得しても、必ず抵抗が生まれます。
そうではなく、サッカーをする、街の掃除をする、ビーチに行く、一緒に日本語を学ぶなど「何か別のこと」をするのです。
そうやって何かに夢中になっている1分間、人は自分が「アルジェリア人」であることや「日本人」であること、「ジャーナリスト」であることといった、社会的な肩書きやアイデンティティを忘れます。
その「自分が何者であるかを忘れた瞬間」にこそ、初めて人と人との本当の関係が築けるのです。
これが、多様な人々が共に生きるための唯一の方法だと私は結論づけました。


子どもたちへの想いとこれからの目標
--最後に、ワディさんの今後の目標を教えてください!
ワディ:
ビジネス面では、アルジェリアからの学生を日本に留学させる学生アドバイザーエージェンシーと日本語学校を成長させたいです。
特に宣伝していないにも関わらず、すでにオンライン上で6人の希望者が集まっています。
彼らを日本に連れてきて、将来的にはしっかりとした仕事に就けるようにサポートしたいです。
それと並行して、母国のサハラ砂漠で始めた100ヘクタールの小麦農園を軌道に乗せることも目標です。
プライベートでは、愛する妻と子どもたちが幸せになるのを見届けたいですね。
私自身が安定のない人生を送ってきたので、子どもたちには何らかの安定を持たせてあげたい。
私が健康でいて、家族が幸せになってくれれば、それで十分です。
--本日は貴重なお話をありがとうございました!

アルジェリアについて
外務省HP:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/algeria/index.html
【HYAKUYOU編集部】