百年留学生記念館で「留学」の原点に立ち返る
「留学生の歴史と今を見つめて」

2025.08.11
(左:宋浩副館長 右:丁暁琳さん)

グローバル化が加速し、留学生の数が過去最多を更新し続ける今、日本にも多くの若者が海を越えて学びに訪れています。

特に中国からの留学生は、経済・文化・教育の各分野で存在感を増し、その影響は日々広がっています。
こうした背景の中、今年3月に都内に誕生した「百年留学生記念館」は、百年以上にわたる中国人留学生の歩みを振り返りながら、現代の学生たちが未来へと歩み出すための「場」を提供している施設です。

展示だけにとどまらず、過去と現在、そして未来の留学生同士をつなぐ架け橋となることを目指す「百年留学生記念館」。
就職や進学、日本社会での生活の悩み、異文化の壁、そのすべてに寄り添い、具体的な支援を届ける実践的な空間でもあります。

今、なぜ「百年留学生記念館」が誕生したのか。そして、そこにはどんな想いと物語が詰まっているのか。
本記事では、記念館の副館長・宋浩さん(以下、宋副館長)企画担当を務める丁暁琳さん(以下、Linnさん)へのインタビューを通して、その全貌に迫ります。



––今日はよろしくお願いします。まず最初に百年留学生記念館について教えてください!

宋副館長:百年留学生記念館は、100年以上にわたる中国人留学生の日本での学びや生活の歴史を振り返り、その軌跡を後世に伝えることを目的とした施設です。
過去の偉人たちの物語を紹介するだけでなく、今を生きる留学生たちが、自分たちの歴史的な位置づけを考え、未来へつなげていく「場」として存在しています。

記念館は文化の拠点として、中日文化がこの場所で伝播し、交流できるような施設を目指しています。
単に過去の偉人が成し遂げたことを紹介するだけでなく、今後の留学生が直面するであろう、就職や進学、日本での生活における困難や悩み、さらには友人関係の構築といった、具体的な問題解決の一助となることを目指しています。
そういった意味で、多岐にわたる支援を提供する場でもあります。

私自身にとっても、この記念館は単なる展示空間ではなく、「中日間の理解と交流を育む、対話の出発点」だと考えています。
訪れた方々が、それぞれの視点で「留学とは何か」「異文化とどう向き合うか」を考えるきっかけになれば嬉しいです。

(写真:百年留学生記念館提供)



––展示施設としてだけでなく、過去と現在の留学生を繋ぐ架け橋のような役割も担っているということですね。

宋副館長:その通りです。二つの軸が存在します。
一つは「百年前の留学生と百年後の留学生」という時間軸、もう一つは「中国人留学生と日本人学生」という国籍の軸です。
この二つの繋がりを大切にしています。



––より実践的な機能を持つ施設なのですね!

宋副館長:単に展示を見て終わる場所ではなく、人々が繋がり、交流するためのプラットフォームとしての役割を重視しています。



––記念館の近況や最近の活動について聞かせてください!

宋副館長:最近では、記念館を会場にさまざまな交流イベントを実施しています。

例えば、中国・日本の学生同士の交流会やキャリア相談会、映画鑑賞を通じたディスカッション企画など、来館者が主体的に参加できるイベントづくりに力を入れています。

興味深いエピソードとして、あるイベントに参加した二人の学生の話があります。
彼女たちは同じ大学を同じ年に卒業したにもかかわらず、互いに面識がありませんでした。
しかし、この記念館というプラットフォームを通じて初めて出会い、同じ学科だったことを知って意気投合したのです。
それまで面識のなかった二人が、記念館で関係を築き、今ではとても良い友人になったと聞いています。

最近は夏休み期間ということもあり、中国国内からのビジネス視察団や研修旅行団の受け入れが増えています。
つい先日も、中国の清華大学、天津や南京の大学、上海市の教育関係団体などが記念館を訪問してくださり、日中間の教育・文化交流の一環としても注目されています。
直近の一週間では、北京首都師範大学附属中学や蘇州のいくつかの高等教育機関から、教員と学生の方々がお見えになりました。

ご来場の皆様には、百年前と現代における日中交流の文化や歴史、また、清朝時代の留学生にまつわる、一般にはあまり知られていない興味深いエピソードなどをお話ししています。

(写真:百年留学生記念館提供)

(写真:百年留学生記念館提供)



––この記念館は非常に広く、設備も充実していますが、その開設準備段階では多くのご苦労があったかと推察します。特に印象に残っているエピソードがあればお聞かせください。

宋副館長:正直なところ、「ゼロから作り上げる」ことの連続で、簡単なことは何ひとつありませんでした。
企画から設計、施工、そして展示資料の選定まで、限られた時間と人手の中で進める必要がありました。中でも印象に残っているのは、「展示物の言語表現をどうするか」という点です。

中国語・日本語の両言語で分かりやすく、かつ文化的背景も伝わるような表現を何度もチームで議論しながら作り上げていきました。

最も困難だったのは、ともすれば退屈に感じられがちな歴史的な物語を、いかに現代の留学生にとって生き生きとした、魅力的な形で伝えるかという点でした。
そのために、プロジェクションマッピングや漫画、AIを活用したインタラクティブな装置などを導入し、より直感的に体験していただけるよう工夫しました。

もう一つの課題は、展示の根幹となる歴史的なエピソードを発掘し、それを具体的な展示物として実現するプロセスでした。
これには、膨大な史料や当時の人々が残した書物を渉猟する必要があり、大変な作業でした。
また、設計を担当してくださった日本企業様との協働作業においては、文化的な価値観の違いから生じる意見の衝突もありました。

例えば、中国人から見れば、さほど重要でないと思われるような細部についても、日本企業側はこだわりを持って設計を進められました。
彼らには彼らなりのデザインに対する哲学があり、その基準は非常に厳格でした。

その一例として、周恩来のプロジェクションマッピングの展示が挙げられます。
当初、18歳当時の彼の身長を再現する案もありましたが、技術的な困難さから、最終的には彼の目の高さを約170センチに設定することになりました。

これは、視線が高すぎたり低すぎたりすると鑑賞者との間に距離感が生まれてしまうのに対し、目線を合わせることで、より対等で親密な交流感を演出できるという考えに基づいています。

(写真:百年留学生記念館提供)



––それは非常に興味深いお話ですね。ちなみに漫画の展示を制作する上でのご苦労はありましたか。

宋副館長:漫画の制作もまた、非常に難しい作業でした。
周恩来が日本で過ごした日々の生活を、史実に基づいて正確に再現するという前提を大切にしながらも、堅苦しく教科書的にならないよう、漫画という表現形式を通じて、より生き生きとした、親しみやすい展示を目指しました。
特に若い世代を含め、幅広い層に興味を持っていただけるよう、娯楽性と歴史的な正確性を両立させることを意識しつつ、政治的にデリケートな部分や公式見解のラインを越えないよう、慎重に内容を検討しました。

(写真:百年留学生記念館提供)



−–現代まで、中国人留学生の数はとても増えたと思います。今と昔で中国人留学生たちのパーソナリティや経歴がどのように変わってきたのかをお聞きしてみたいです。

宋副館長:百年前の中国人留学生は、国を背負い、未来を切り開く「使命感」を持って来日していた人が多かったように思います。
周恩来氏のように、学びを通じて祖国の近代化や国際交流に貢献しようとする気概がありました。

一方、現代の中国人留学生はより多様で、個人のキャリア形成やグローバルな視野を求めて留学する方が増えています。
ただ、その根底にある「よりよい未来を作るために海外で学ぶ」という志は、昔と今で通じる部分も多いと感じています。

また、最近文献から知ったのですが、清朝時代の留学生の中には、日本で病に倒れたり、亡くなったりする方も多かったそうです。
現代の留学生が「日本の食事が口に合わない」と言うのとは次元が異なり、当時は栄養失調が原因で脚気などの病気を患い、異国の地で命を落とす方も少なくありませんでした。
彼らが直面していた困難は、現代の私たちが想像するよりもはるかに過酷だったのです。

(当時の留学生の服の試着もできる。写真:百年留学生記念館提供)



––中国人留学生がきっかけで日本でも豚肉を食べる文化が広まったというお話もありますよね。

宋副館長:レバニラ炒めの起源もその一つです。
実際に調べてみたところ、当時の清朝留学生寮の献立表が見つかりました。
そこには、豚の挽肉や細かくした鶏肉、魚肉などが記されており、調理法までは分かりませんが、彼らが何とか栄養を摂取しようと工夫していた様子がうかがえます。



––宋副館長は、どのくらいの期間、この記念館で働いているのでしょうか?

宋副館長:私が記念館に関わり始めてから1年半になります。
記念館自体の開館は3月ですが、そのだいぶ前から準備は始まっていました。



––では、学業と両立しながら始められたのですね。

宋副館長:はい、当初は学業と並行していましたが、後に学業を一旦休止し、こちらの事業に専念することにしました。
この事業のために、という思いがありました。



––創設メンバーの一員として、プロジェクトの初期から現在まで関わってこられたわけですが、この仕事を通して、特に有意義だと感じたエピソードや、記憶に残るような嬉しい思い出があれば教えてください!

宋副館長:私個人にとっては、これまで全く想像していなかったキャリアパスを歩むことになった点です。
元々は博士号を取得後、研究者か教員になる道を考えていましたが、現在は日中文化交流に直接貢献できる仕事に携わっています。

また、準備段階で周恩来や田漢、李大釗といった歴史的人物のご子孫の方々や周恩来平和研究所所長・法政大学名誉教授の王敏先生をはじめ日中両国の先生たちなど 、通常ではお会いできないような著名な方々とお会いし、お話を伺う機会に恵まれたことも貴重な経験でした。

プレオープン期間中にも、政界の要人や日中友好協会の理事の方々、大使館の幹部職員や文化担当者など、各界の第一線で活躍される方々が多数来館されました。
普段接することのない分野の方々と交流することで、自身の視野が大きく広がったと感じています。

(写真:百年留学生記念館提供)



––働いていて、やりがいや喜びを感じる瞬間はありますか?

宋副館長:一番の魅力は、毎日が「人との出会い」だということです。年齢も国籍も違う来館者と接する中で、こちらも新しい発見があり、常に学びがあります。

また、働いていて、最も喜びを感じるのは、留学生が抱える具体的な問題を解決する手助けができた時です。
例えば、進学や就職に関するセミナーを開催した際、将来のことで悩んでいた学生たちが、この場所で得た情報や出会いを通じて、自身の進むべき道を見つけていく姿を見ることです。

彼らが帰国するべきか、日本で就職するべきか、あるいは進学するべきかで迷っている際に、私たちの活動が、より良い決断を下すための一助となることに、大きなやりがいを感じます。

この記念館が、同じ専門分野の先輩と繋がったり、自身のキャリアプランを具体化したりするためのプラットフォームとして機能しているのです。

また、展示やイベントのアイディアがそのままカタチになるスピード感も記念館で働く面白さのひとつですね。
小さなチームだからこそ、自分の提案がすぐ反映されるやりがいがあります。



––6月から記念館で働き始めたというLinnさんにもぜひ、記念館で働く魅力をお聞きしたいです。

Linnさん:「留学生をテーマにした記念館」という希少な存在であるからこその魅力があります。
この名刺を渡すと、「このような施設があることを知らなかった」といった反応をいただくことが多く、活動に興味を持っていただけることが多いです。
普段、一個人としては話しかけにくい相手であっても、記念館の職員という立場であれば、気軽に声をかけることができますし、相手も話を聞いてくれる姿勢になります。

私自身、歴史や学問を学びたいという情熱があるため、この肩書きを通じて、専門家の方々に学問について質問できるだけでなく、より深い関係を築くことができました。

また、「記念館で何かイベントを企画しませんか」と誘うこともでき、自信を持って提案できる、心強い場所だと感じています。

現在、私はイベント企画のほか、Instagramのメディア更新を担当しています。
業務内容は多岐にわたります。
私は英語と話せるので、語学を活かして、お客様がいらっしゃった際の、記念館の解説もできるように勉強中です。

(写真:百年留学生記念館提供)



––最後に記念館の今後の目標や展望について教えてください!

宋副館長:今後は、単なる「歴史を紹介する場」にとどまらず、現在・未来の留学生たちが活躍するための支援やネットワークづくりにも注力していきたいと考えています。

単に展示を見ていただくだけでなく、外部から講師を招いて講座を開いたり、シンポジウムを開催したりするなど、新たな可能性を常に模索し、多角的なサポートを提供していきたいと考えています。

記念館は、お客様ご自身で見て回られると、10分ほどで終わってしまうかもしれませんが、私たちが解説をしながらご案内すると、通常1時間ほどかかります。

解説を通じて、展示物の背景にある深い物語、例えば周恩来がなぜ1年7ヶ月の間に8回も引っ越しをしたのか、その理由や時代背景といった、展示だけでは伝わらない部分を理解していただけると思います。そうした対話を通じて、より深く、記憶に残る体験を提供できると考えています。

また、個人的には、記念館を中心にした日中の知的交流プラットフォームをつくることが夢です。
講演会やフォーラム、アート企画など、さまざまな文化的・学術的な取り組みを通して、多くの人に記念館を日中文化交流の拠点のように感じてもらえたら嬉しいです。



・百年留学生記念館
HP:https://100m.jp
Instagram:https://www.instagram.com/museum_of_overseas_students/


・今回登場していただいたLinnさんの個人インタビューはこちらから
→トリリンガルのメディアコンテンツプロデューサー・丁暁琳さん
「国際文化交流のために、自分なりの『小さな光』を灯し続けていきたい」https://hyakuyou.com/110-2/)



【HYAKUYOU編集部】

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