
私たちのアイデンティティは、一体何によって形作られるのでしょうか。
国籍、人種、宗教、あるいは育った環境。
マレーシアの首都クアラルンプール出身のムハマッド・カイロル・アミンさん(27歳)は、自身のルーツを辿るように、その複雑で深遠な問いに向き合い続けています。
彼が日本に初めて足を踏み入れたのは2015年。
大学教授である母親の研究休暇に同行した、わずか1年間の高校生活が、彼の運命を大きく変えることになります。
当初は日本語も全く分からず、日本への関心も薄かったアミンさん。
しかし、慣れない土地で出会った人々の温かさは、彼の心を溶かし、「縁もゆかりもなかった国」を、かけがえのない場所へと変えていきました。
一度は母国に帰国するも、日本での経験が忘れられず、自身の意志で再び来日。大学、そして大学院へと進学し、文化人類学の研究者の道を歩んでいます。
彼の研究テーマは、「マレーシアにおけるマレー系と中華系のハーフのアイデンティティ」。
マレー系と中華系、そしてタイ系の血も引く彼自身の存在そのものが、研究の出発点です。
多文化国家として知られるマレーシアでありながら、そこには日本で言う「ハーフ」という明確な概念が存在しないという現実。
宗教と民族が複雑に絡み合う社会の中で、人々は自らをどのように定義し、生きているのか。その問いは、彼自身の内なる声でもあります。
マレーシアと日本の両国で生活してきた彼だからこそ見える、それぞれの社会。
そして、これから日本が真の「多文化共生社会」を実現するために、本当に必要なものは何なのか。
アミンさんの真摯な眼差しと言葉は、私たち一人ひとりが国際化の時代をどう生きるべきか、深く考えるきっかけを与えてくれるはずです。
人の温かさに触れて。マレーシアから日本への道
−−本日はよろしくお願いいたします。まずは自己紹介をお願いします。
私はムハマッド・カイロル・アミンと申します、マレーシアのクアラルンプール出身です。今は27歳です。
日本に来たのは2015年です。最初は、大学教授をしている母親のサバティカル(研究休暇制度)に付いて来日しました。1年間です。
−−元々日本に関心があったわけではないんですね!
当時は全く日本語が分からない状態で、関西地方の高校に2年生として通うことになりました。
コンビニもほとんどないような場所で、雪も結構降るので人生で初めて雪かきを経験しました。
−−言葉も分からない中での生活は大変だったのではないですか?
最初は本当に大変でした。言語の壁も文化の壁もあって。でも、クラスメイトたちがすごく優しくしてくれたんです。
転校生として教室に入った時は、顔も違うし言葉も通じないので、とても緊張したんですが、休み時間になると皆が私の周りに集まって、一生懸命話しかけてくれました。
最初の1ヶ月くらいはマレーシアに帰りたい気持ちもありましたが、その後はクラスメイトたちのおかげで、環境に馴染むこともできて、みんなでカラオケに行ったり、サイゼリアに行ったりもしました。
高校の文化祭も経験できて、とても楽しかったです。
とあるクラスメイトが、私を連れて、みんなに紹介して回ってくれたんですが、その優しさは、多分一生忘れられません。
−−それは嬉しい思い出ですね。
また、来日してすぐに駅からタクシーに乗ったのですが、行き先が見つからず大変な思いをしたのですが、タクシーの運転手さんがメーターを消して、「行き先がわかるまで一緒にいますよ」と親切で言ってくれて、本当に優しいなと思いました。
来日する前は、日本には全く興味がありませんでしたが、縁もゆかりもない場所で人の温かさに触れて、「日本って良いな」と思い始めたんです。
−−高校生活の中で、日本語はどのように習得されたのですか?
日本政府のプログラムで、外国にルーツを持つ生徒向けに、国語の授業の代わりに日本語を特別に教えてもらえる機会がありました。
それで半年から8ヶ月くらいで、日常会話は問題なくできるようになりましたね。
−−半年で!すごいですね。その1年間が、その後の進路に大きく影響したのですね。
そうですね。母親のサバティカルが終わって一度マレーシアに帰国し、現地の高校を卒業しました。
実は父も母も国費留学経験者で、人間性を成長させてくれる「留学」には魅力を感じていました。
そのため、今後の進路を考えた時、母親と相談して、英語が使えるオーストラリアに留学するか、日本に戻るかという二択を考えました。でも、日本での経験が忘れられなくて。
「せっかくだから日本語を本格的に学び、日本の大学に行ってみよう」と決意し、今度は自分の意志で大阪の日本語学校に入学しました。

自身のルーツを思考する研究の道へ。多文化国家マレーシアにおける「ハーフ」という存在
−−大学は国際学部に進まれたそうですが、なぜその学部を選んだのですか?
もともと政治や文化、特にアイデンティティ学に興味があったからです。
現在は都内大学の大学院修士課程ですが、そのわ興味がきっかけで、文化人類学を研究してます。
−−現在は大学院で文化人類学を専攻されているとのことですが、どのような研究を?
マレーシア・クアラルンプールにおける「マレー系と中華系のハーフのアイデンティティ」について研究しています。
実は私自身がマレー系と中華系のハーフで、さらに母親がマレー系とタイ系のハーフなんです。まさに自分自身のことを研究しています。
−−ご自身のアイデンティティが研究テーマなのですね。
マレーシアは多文化社会ですが、民族は基本的に「マレー系」「中華系」「インド系」の3つに分類されます。
日本のように「ハーフ」という明確なカテゴリーがないんです。
多文化国家なのに、なぜ「ハーフ」という言葉がないんだろう、とずっと疑問に思っていました。
そのため、マレー系と中華系のハーフがマレーシアの社会において、どのように自分のアイデンティティを表しているか、宗教的にはどのような影響を受けているか、といった研究をしています。
−− もう少し具体的なお話も聞いていいですか?
例えば、マレーシアの憲法では「マレー系」の定義の一つに「イスラム教徒であること」と定められています。
つまり、イスラム教をやめると、法的にはマレー系ではなくなってしまう。
人種って、宗教で変えられるものなのだろうか、という疑問が湧いたのです。
私は宗教的にはイスラム教徒ですが、人種的にはハーフです。
しかし、ハーフとして自分のアイデンティティを明確に表せない状況がある。
この現状を研究し、将来的にマレーシア政府が政策を作る上での参考にしてもらえるようなものにできたらと思っています。

一人の外国人として見る「多文化共生」の課題と可能性
−−これまでマレーシアと日本で生活してきて、両国の違いをどう感じますか?
マレーシアはいろんな人種、宗教、文化が共存する多文化社会で、平均3ヶ国語くらい話せる人が多いです。
一方、日本は「単一民族社会」というイメージが強く、多様性という点では少し違いますね。ただ、どちらの国にも良い面と悪い面があります。
−−日本の多文化共生の環境について、どう思われますか?
日本は社会に外国人を積極的に受け入れようとしていると思います。これは素晴らしいと思います。
ただ、残念ながら異文化を「理解しよう」という部分については、少し足りないと感じることはあります。あくまで個人的な意見ですが。
留学生を受け入れても、その国の文化や宗教、習慣といった深い部分まで理解しようとするのではなく、表層的な国際交流で終わってしまうことが多いように感じます。
−−エピソードなどはありますか?
例えば、留学生が在留カードを失くしてしまった時、大学事務の日本人職員の方はどう対処していいか分からず、困ってしまうことがあります。
留学生同士なら在留カードの扱いもよくわかると思いますが、日本人で知っている人は少ないですよね。
また、日本には「空気を読む」という文化がありますよね。
アジアでも、同じく「空気を読む」文化の国もあれば、それがない国もあります。全ての外国人に当てはまるわけではありません。
外国人と一括りにせず、多様な背景があることを理解する必要があると思います。
−−なるほど。では、日本における「多文化共生社会」には、何が必要だと考えますか?
日本の人口問題を考えても、これから外国にルーツを持つ人々は確実に増えていくと思います。
多文化共生は日本にとって非常に重要なテーマになっていると思います。
そのためには、政府の努力だけでなく、私たち一人ひとりの協力が不可欠なのではないでしょうか。
日本人が外国人を知るだけでなく、外国人も日本の文化や価値観を知る。その「相互理解」が大切だと思います。
民間の力、個人の力、そして教育の力が重要です。
−−アミンさんが考える、理想的な共生の形とはどのようなものでしょうか。
良い悪いという話ではないことを前置きしますが、マレーシアのように「宗教」を軸にすると、時に争いが起こり得ます。アメリカのように「人種」を軸にするのも同様です。
その点、日本は、良くも悪くも特定の宗教を社会の中心に据えていません。
だからこそ、「人」をメインにした社会を作っていくべきだと思います。そして、「自由」という価値観を大切にしながら、日本文化も同時に促進していく形が理想ではないでしょうか。
最近よく聞く「日本人ファースト」という言葉についても、その国の国民を第一に考えること自体は、国益を考えれば自然なことだと思います。
ただ、その言葉の裏に「差別する」、「人権を奪う」といったニュアンスが含まれてしまうと問題です。
「日本人だけ」ではなく、「日本人と共に」という考え方になっていけば良いなと、個人的には思います。

教育と行動で、より良い社会の実現に貢献していく
−−アミンさんは学部生時代から、子ども食堂のボランティアや、高校生に英語を教えるプロジェクトなど、様々な活動をされてきたそうですね。
はい。国際研究部や国際理解会といったサークルにも所属していました。
自分のアイデンティティに関わることなので、幼い頃から社会の仕組みや課題について考えるのが好きだったんです。教会を見て「あれは数学者(+の記号)が集まる場所?」と母に聞くような子供でした(笑)。
−−ぜひ、今後の目標やビジョンについてお聞かせください。
将来は教授になりたいです。
教育を通して、アイデンティティや民族間の問題といった社会課題について、多くの人と一緒に考えていきたい。アイデンティティは、社会や国の基盤となる非常に重要なものですから。
日本にはとても感謝しているので、マレーシアだけでなく、いつか日本にも貢献したいと思っています。
ただ、一つの国に留まるのではなく、色々な国を経験して成長し、その経験を日本やマレーシアに還元していきたいです。
アパルトヘイトの歴史がある南アフリカや、多様な人種が混ざり合って新しいコミュニティが生まれているブラジルなど、研究したい場所は山ほどあります。
−−プライベートでやりたいことはありますか?
これからもNGOなどの活動には関わっていきたいです。
先進国と発展途上国は上下関係ではなく、お互いに学び合うべき存在だと思っています。
「助けてあげる」のではなく、共に学び、みんなで幸せな世界を作っていきたい。そのために、自分にできることを続けていきたいですね。

【HYAKUYOU編集部】