東京大学大学院 神経科学研究者・李怡霖さん
「シンガポール、英国、そして日本へ。世界のトップレベルで学び、生命の“根源”である神経の謎に挑む」

2025.12.24
(李怡霖さん)



日本の最高学府、東京大学。そのキャンパスで、生命の根源ともいえる神経科学の探求に情熱を注ぐ一人の大学院生がいます。
シンガポール出身の李怡霖(リ・イリン)さんです。

多民族が共存し、厳格なルールのもとで経済発展を遂げた都市国家シンガポールで育ち、高校卒業後はイギリスの大学で臨床医学を学びました。
グローバルな環境で知見を深めてきた彼女が、次なる研究の舞台として選んだのは日本です。
お父様がかつて留学していたという親近感、そして「鋼の錬金術師」などに代表される、論理が緻密に構築された日本のアニメへの愛着が、彼女をこの国へと導きました。

物語の「論理」を愛し、物事の「根源」を突き詰めることを好むその姿勢は、研究分野の選択にも色濃く反映されています。
なぜ医学の道へ進み、中でも全身を統括する最も根源的なシステムである「神経」の謎に惹かれたのでしょうか。
インタビューでは、シンガポール、イギリス、日本という多様な文化を経験した彼女のユニークな視点を通して、日本の学術研究の魅力、そして国際社会における日本の「今」と「これから」を紐解いていきます。
未来の医学を担う若き研究者の目に、私たちの社会はどのように映っているのでしょうか。



多様な文化背景から、日本の最高学府へ

−−本日はよろしくお願いいたします。まず、簡単な自己紹介からお願いします。

はい、「李怡霖(リ・イリン)」と申します。友人からは「リン」と呼ばれています。現在は東京大学の大学院で、修士課程の2年生です。



−−東京大学の医学部で学ばれているのですね。どのような経緯で日本、そして東大へいらっしゃったのですか?

シンガポールの高校を卒業後、イギリスのノッティンガム大学で臨床医学を学びました。私のいた高校がイギリスの教育制度を採用していたので、大学への移行はとてもスムーズでした。



−−イギリスで医学を学んだ後、なぜ日本の大学院を選んだのですか?

大学院に進むにあたり、環境を変えてもっと多くの場所を見てみたいという気持ちがありました。日本を選んだのは、父が以前、専修大学に留学していた経験があり、親近感があったからです。また、アニメや漫画が好きで、日本の文化に良いイメージを持っていました。



−−中でも特に東京大学を選んだ決め手は何だったのでしょうか。

「日本で受験するなら一番良い大学を目指そう」と思いました。
また、学部時代に在籍したノッティンガム大学は世界大学ランキングでも上位だったので、それと同等かそれ以上のレベルの大学で研究を続けたいという思いがありました。そうなると、日本では東京大学か京都大学が候補になりました。



物語の「論理」を愛し、生命の「根源」を探る

−−日本のアニメもお好きだそうですが、どのような作品がお好みですか?

物語性を重視するので、ジャンルは問いません。
ただ、物語の論理がしっかりしているものが好きです。人気作でも終盤で論理が破綻してしまう作品はあまり好みません。
例えば「鋼の錬金術師」や「進撃の巨人」の序盤のように、物語が非常によく練られている作品に惹かれます。



−−その論理を重視する姿勢は、研究分野の選択にも通じているように感じます。なぜ医学、そして現在の神経科学という分野を選ばれたのですか?

学部時代から神経の分野には、探求すべき未知の要素が非常に多いと感じ、特に興味を持っていました。
全身のあらゆる器官の働きは、最終的には神経にたどり着くと考えています。神経は、体全体を統括する最も根源的なシステムなのです。



−−物事の根源を突き詰めるのがお好きなのですね。

はい。私の専門は病気の原理や原因を探求する病理学に近いのですが、研究を続ける中で、全ての疾患は最終的に「循環」の問題に帰結すると感じています。
血液循環だけでなく、水分循環や、私が研究している「神経の循環」など、あらゆる循環が正常に機能していることが健康の基本です。



−−「神経の循環」に問題が起きると、どのような病気に繋がるのでしょうか。

あらゆる神経変性疾患が該当します。神経の輸送システムに問題が生じ、必要な物質が運ばれなくなったり、老廃物が溜まったりすることで、神経細胞が死滅してしまうのです。神経細胞の大きな特徴は、皮膚などと違って再生能力を持たないことです。
生まれた時の数から増えることはありません。だからこそ、非常に重要なのです。



多文化の視点から見る、日本の「今」と「これから」

−−シンガポール、イギリス、そして日本と、多様な文化を持つ国で生活されてきたと思いますが、日本の生活はいかがですか?

日本の四季があり、景色が豊かなところが好きです。
特に田舎の広々とした穏やかな風景は、高層ビルの多いシンガポールにはない魅力です。ただ、日本では時々「外国人」として特別視されていると感じることがあります。



−−と言いますと?

シンガポールは多民族国家なので、外国人と現地の人を区別する意識がほとんどありません。
しかし日本では、特に昔ながらの飲食店などに行くと、「外国人だ」と注目され、少し心理的な距離を感じることがあります。東京は国際的な都市ですが、まだ全ての場所で外国人が自然に受け入れられているわけではないと感じます。



−−ルールの面ではいかがでしょう。日本は厳しいと思われがちですが。

シンガポールに比べると、日本のルールはまだ寛容な部分があると感じます。
シンガポールはポイ捨てや喫煙に対する罰則が非常に厳しく、監視カメラも多いため、誰もがルールを守ります。
日本では、強制されなくても電車で電話をしないなど、個人の素養の高さからくる自主的なマナーが見られます。これは素晴らしい文化だと思います。



−− 日本が今後、より良い多文化共生社会を実現するためには何が必要だと思われますか?

努力されているのは感じますが、やはり年配の方々の中には外国人に対する固定観念が根強く残っているように思います。
また、世界的に自国保護の傾向が強まる中で、日本がどうバランスを取っていくのかが重要だと感じます。シンガポールのように、経済的な合理性を優先し、特定の思想に偏らない中立的な姿勢も一つの参考になるかもしれません。



未来を見据えて、学びと研究の日々

−−最後に、今後の目標についてお聞かせください!

来年から博士課程に進学する予定なので、少なくともあと4、5年は日本で研究を続けることになると思います。
まずは、この期間に日本語を基礎からしっかりと学びたいです。研究では、何か一つでも突破口を見つけ、方向性が間違っていないと確信しながら粘り強く続けたいです。



−−研究者としての最終的な理想はありますか?

私の研究が、特定の病気を治すといった壮大な目標でなくとも、治療のプロセスや医療の仕組みを改善する一助となり、医学の基礎的な礎の一つを築くことができればと願っています。






(取材・文/劉聰/在日中国人ライター)

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