中国人漫画家・ZONさん
「『中国人作家』という枠を超え、作品の力で勝負する。食の風景から描き出す、普遍的な人間模様」

2026.01.12
(『ニーハオ、おいしい東京日和。』 トーチWebにて連載中 リンクはこちら


「漫画の本質は物語にある」。
そう語るのは、連載中の漫画『ニーハオ、おいしい東京日和。』で、東京の街と食を丹念に描く中国人漫画家・ZONさんです。

中国の大学で環境デザインを学びながらも、幼少期から抱き続けた「漫画家」という夢。
中国での生活の中、その日食べたものを漫画にして微博(ウェイボー)に投稿していたところ、編集者から連載を持ちかけられたことから、ZONさんのプロ漫画家としての道はスタートしました。

その後、来日。関西での生活や京都の街の歴史的背景に対する深い関心を経て、独自の観察眼を習得。
その経験をもとに、「京都」の深層を食文化から紐解く作品『京天吃什么』(和訳:京(今日)、何食べる?)も執筆しています。

漫画では、日々の食事風景を描きながら、どのような人間模様を見出しているのでしょうか。
手描きのスタイルで、文化的な「架け橋」を目指し、食を通じて相互理解の「和」を紡ごうとするZONさんの挑戦の軌跡を辿ります。

(提供:ZONさん)



「漫画家」としての顔

−−本日はよろしくお願いします。 まずは自己紹介をお願いしてもいいですか?

ZON:ZONといいます。日本で漫画を描いている、中国四川の成都市出身の漫画家です。
2018年に京都に留学し、京都精華大学大学院へ進学しました。現在は東京で会社員として働いています。
2019年から漫画家として活動を開始して、デビュー作『京天吃什么』を2022年まで中国のWeb漫画サイトで連載しました。単行本にもなっています。
2025年からは、日本のWebマンガサイト「トーチWeb」で『ニーハオ、おいしい東京日和。』を連載中です。
どうぞよろしくお願いします。



−−写真などの個人情報を公表していないZONさんですが、初対面の人に対して自己紹介する際、ご自身についてどのように伝えていますか?

ZON:そうですね、場所や相手によります。
例えば、漫画のイベントで出会った人や同じような芸術関係の仕事をしている人には、名刺を渡して、「漫画家です」と伝えます。
「どんな絵を描くの?」と聞かれれば、その場で作品を見せることもあります。相手が漫画という文化を理解してくれているなら、話は早いので。

ただ、通常は、特に「漫画等に関心を持ってない人」に会った場合は「普通の会社員です」と伝えるかもしれません。

(ZONさん 提供:ZONさん)



−−日本に来る前は、どのような学生時代を過ごされていたのですか?

ZON:小学校から大学までは、ずっと成都で過ごしました。
子供の頃から絵を描くことが大好きだったのですが、家族は私が美術の道に進むことには大反対でした。
芸術はお金がかかるし、何より将来の就職が難しい、という現実的な理由です。
私の家はごく一般的な家庭だったので、芸術教育を支える経済的な余裕もなかったんです。
結局、私は地元の四川農業大学という「重点大学(211工程)」に進学しました。専攻は環境デザインです。

※211工程・・・21世紀に向けて中国全土で約100の重点大学を育成・整備する目的で1995年に始まった国家プロジェクト。四川農業大学はその内の一つ。



−−今のZONさんの活動を見ると、農業大学に進学するのは少し意外な気もしますね。

ZON:実を言うと、合格通知をもらうまで「環境デザイン」が具体的に何をするものか、よく分かってなかったんですよ(笑)。
ただ、学校のランクを重視して選んだだけでした。
大学では都市計画や風景庭園、インテリアデザインなど一通り学びましたが、私はコンピュータでのモデリングが本当に苦手で……。
消去法で、室内設計(インテリア)を専攻せざるを得ませんでした。当時は自分が何をしたいのか分からず、本当に苦しかったです。

中国の高校生の多くは、自分のやりたいことよりも、試験の点数に合わせて学校を選びますから。
あの頃の自分にとって「将来漫画家になりたい」と口にするのは、あまりに現実離れした空想でしかなかったです。
大学を卒業したら、どこかの会社に入って、何かの仕事をするんだろうな、とぼんやり考えてました。

(提供:ZONさん)



教室のノートから始まった「物語」の原点

−−そんな中で、漫画の技術はどのように身につけられたのですか?

ZON:専門的な教育といえば、高校生の頃に隣人が開いていた美術教室に半年間通った時だけです。それも、中国の美大入試に向けたデッサンの練習が中心でした。漫画はほぼ独学です。
ただ、私は漫画を描くのに必ずしも「美術」の高度な基礎が必要だと考えてません。
油絵やイラストなどとは異なり、漫画の本質は「物語」にあります。小説に近いというか、ストーリーをどう把握し、構成するかが重要なんです。



−−漫画という表現に最初に出会ったきっかけを教えてください。

ZON:記憶を遡れば、幼稚園の頃かもしれません。家の近くに本屋があって、よく通っていました。
当時はまだ漢字が読めなかったので、絵だけを見て楽しんでいましたね。
最初に出会ったのは、台湾の幾米(ジミー・リャオ)さんの絵本でした。当時、中国でものすごく流行っていたんです。
小学校に入って字が読めるようになると、今度は『阿衰』のような小学生向けのギャグ漫画に夢中になりました。



−−ご家族からは「漫画ばかり読んで」と反対されたりはしませんでしたか?

ZON:幸い、本を読むこと自体は反対されませんでした。
実用的な本も読んでいましたし、親も私が読書好きであることを肯定してくれていたんです。子供にとって、文字がなくても理解できる漫画は、最も親しみやすい読書の窓口でした。

そこから、自然と自分でも絵を描くようになりました。
小学校4、5年生の頃には、すでに「創作」を始めていたんですよ。ノートにコマを割って、ストーリーを考えて、セリフも書き込んで。
それを一冊の雑誌のような形にして、クラスメートたちに回し読みしていました。



−−小学生にして、すでに漫画家としての活動をスタートさせていたのですね! クラスメートたちの反応はどうでしたか?

ZON:みんな、すごく喜んで読んでくれました。当時は日常や冒険を描いたものが多かったですね。
自分が主人公で、周りの友人をサブキャラクターとして登場させたりして。自分が理想とする生活を空想して形にするのが楽しかったんです。
その後、家でネットが使えるようになると、今度は日本の漫画に触れる機会が増えました。
本屋やレンタル本屋で図書カードを作って、むさぼるように読みました。
当時は台湾の翻訳版が主流だったので繁体字でしたが、なぜか不思議と意味は理解できたんです。
大人になってから、親に「なんで習ってもいない繁体字が読めたの?」と驚かれたほどです(笑)。



−−好きな作家さんや、特に影響を受けた作品はありますか?

ZON:日本の作品で最も好きなのは、芦奈野ひとし先生の『ヨコハマ買い出し紀行』です。SFでありながら詩的で文学的。商業主義に走りすぎない、まるで芸術品のような佇まいに惹かれます。
中国の作品なら、やはり猫小乐さんの『阿衰』です。娯楽性が高いのに下品でなく、作者の思想がしっかりしています。彼は美術の専門教育を受けていないそうです。彼が運営していたブログを小学校2年生の頃から読み込み、漫画家の生活を知りました。

(『京天吃什么』(京(今日)、何食べる?) 提供:ZONさん)

(『ラーメンを探そう!』 提供:ZONさん)



「食」というテーマ、そして「日本でのデビュー」

−−ZONさんの現在の作品は「食」をテーマにされていることが多いですね。これはどのような経緯で決まったのでしょうか

ZON:「食」は誰もが共感できる、最も身近なテーマだからです。
2018年に日本に来たばかり頃、エッセイみたいな漫画を微博(ウェイボー)に投稿していたら、編集者の方から「連載しませんか」と声をかけていただいたのが、プロとしての始まりです。

その後、『京天吃什么』を中国のwebマンガサイト連載し始めました。その後中国語の単行本も出ました。
食事シーンを描くことは、単に料理を紹介するだけではありません。その時の気分、店の雰囲気、周りのお客さんの人間模様……。それらを観察して描くことは、生活そのものを観察することでもあります。
久住昌之先生の『孤独のグルメ』のようなスタンスに近いかもしれません。

(『京天吃什么』(京(今日)、何食べる?) 提供:ZONさん)

(『ラーメンを探そう!』 提供:ZONさん)



−−日本での連載は、どのようにして決まったのですか?

ZON:2023年に就職で上京してから、漫画のイベントに参加した際、自分で作った読み切り漫画を出張編集部に持ち込みました。昔から憧れていた編集部だったので、相談窓口に足を運んだんです。そこで担当の方が私の作品を気に入ってくださり、連絡先を交換して連載が決まりました。

実は、最初はもっと抽象的で前衛的な、いわゆるガロ系(雑誌『ガロ』に代表される独立系漫画)のようなスタイルを目指していたんです。
でも、日本の編集者さんに『京天吃什么』を見せたところ、「こっちの方がいい」と言われまして(笑)。
現在のスタイルを継続することになりました。



−−作画に関しては、現在はどのような手法で描かれているのでしょう。

ZON:原稿は全てデジタルで描きです。風景を大事にしていますので、背景は自分が撮った写真をよく参考しています。そして、ipadで線画を完成してから、パソコンでトーンを仕上げています。

(提供:ZONさん)

(作画の様子 提供:ZONさん)



「見えない京都」への関心

−−ZONさんは大学院で研究もされていたと伺いました。その時はどのようなテーマを扱っていたのでしょうか。

ZON:留学生時代、私はずっと関西にいました。京都、大阪、兵庫などを歩き回る中で、日本に存在する「部落文化」というものに強く興味を持つようになったんです。
きっかけは、沢尻エリカさんが出演した映画『パッチギ!』でした。京都の朝鮮高級学校を舞台にした物語で、暴力的な描写もありますが、そこに生きる若者たちの葛藤や自由、青春が鮮烈に描かれていました。
そこから京都の歴史を調べ始め、京都駅のすぐ南側にある「東九条」という地域を知りました。



−−東九条。観光都市としての京都とはまた違う、別の顔を持つ場所ですね。

ZON:はい。京都駅という近代的なターミナルのすぐ隣に、かつては公的な水道も通っていなかったような古い街並みが残っている。その対照的な光景に衝撃を受けました。

大阪の西成やコリアンタウンにも足を運びましたが、そうした昭和の残り香や、少し退廃的な、あるいは「サイバーパンク」にも通じる視覚的スタイルに強く惹かれたんです。
大学院の制作では、この「東九条」を背景にした作品を描きました。

折しも再開発で街が大きく変わろうとしており、京都市立芸術大学もそのエリアに移転することになっていました。失われゆく街の記憶を記録したい、という思いもありました。



−−ある種デリケートな部分を扱うことに、躊躇はありませんでしたか?

ZON:私は学者ではありませんし、外国人という立場ですから、歴史について深く、あるいは政治的に言及することは避けました。
歴史的な問題は非常にグレーで、私が語るべき領分ではないと考えたからです。
ただ、芸術家として「視覚的な違和感」から入り、その背後にある人文的な要素を探るプロセスは非常に重要でした。
『京天吃什么』でも、食文化を通じて、なぜその場所にその文化が根付いているのか、という背景を織り交ぜています。
「見えない京都」を描くことは、私にとってある種の「冒険」のような感覚でもありました。



−−思想を込めることは、表現者にとって非常に重要な一方で、リスクも伴いますよね。

ZON:おっしゃる通りです。日本では、こうした歴史的背景に触れる作品は非常に少ないです。
しかし、統計を見れば多くの外国籍の人々が共に暮らしている事実は明らかです。
私は人権活動を扇動するつもりはありません。ただ、外部からの視覚的な観察者として、あるいは食を通じて、そこにある現実風景を作品に反映させたいと考えています。

(『ニーハオ、おいしい東京日和。』 提供:ZONさん)

(『ニーハオ、おいしい東京日和。』 提供:ZONさん)



AIとの付き合い方、そして「言語」という最大の壁

−−最近の創作現場ではAIの活用も話題になりますが、ZONさんはどのように考えていますか?

ZON:日本語のセリフは、ChatGPTさんにけっこう助けてもらいました(笑)。
ただ、作画にAIを使うことには、まだ多くの読者が拒否感を持っています。
それは「手作りの工芸品」と「機械による大量生産品」の違いのようなものだと思います。
読者は、作家の手を通した「温度感」を求めているんじゃないでしょうか。何より、作品のテーマをいかに伝えるかという作家の「核」の部分は、AIには代替できません。

また、AIで生成した画像は著作権の問題が、まだ曖昧だと感じています。今の段階では、どのように使うのがよいか検討中です。
ただ、AIを使った芸術創作には興味があるので、将来はAIを使った作品にも挑戦してみたいですね。



−−日本で連載を続ける中で、最も苦労されている点はどこでしょうか。

ZON:言語です。これが最大の壁です。絵で表現を補うことはできますが、セリフやモノローグのニュアンスには徹底的にこだわりたいんです。
母語ではない言葉でセリフを書くと、どうしても物足りなさを感じ、AIに頼ることもあります。 ただ、AIの答えをそのまま使うのはしっくり来ませんし、それでいいのか分からず、もどかしい気持ちになることも多いです。



−−日本人の協力者を探す、という選択肢もありますか?

ZON:連載では、担当編集の方に日本語を直してもらっています。
それでも、自分の伝えたい思いやニュアンスは、自分の言葉で書かなければ相手に届かないと感じています。今は物語の構想以上に、この「言葉の壁」をどう乗り越えるかが一番の課題です。

(作業スペース 提供:ZONさん)

(東京に来てからの創作場所「こたつ」 提供:ZONさん)



「中国人作家」という枠を超えて

−−日本で活動していると、時にはインターネット上での批判的なコメントにさらされることもあるかと思います。

ZON:ありますね。批判的なコメントより褒めてくださるコメントの方が多いですが、「描き方が気取っている」といった指摘から、やや差別的と感じられる表現まで、さまざまなことを言われたことがあります。
でも、個人的には、それらを冷静に受け止めています。漫画家であれば、どこの国の人であれ批判は付き物ですから。
一方で、毎話、批判的な視点で読まれる方もいらっしゃいますが、それは裏を返せば、私の作品をそれだけ細かく、熱心に読み込んでくれているということでもあります。ある意味では、とても熱心なファンだと言えるかもしれません。



−−そうした視点を持てるのは、ZONさんが「多文化共生」というものを肌で感じてきたことも影響していますか?

ZON:世界は常に「分かれたものは合わさり、合ったものはまた分かれる」というサイクルを繰り返していますが、私は「和」こそが必要不可欠なものだと信じています。
日本の外国人に対する受容度は、決して低くないと感じています。

日本人の教育レベルも高いですし、相互理解が進めば、差別も減るはずです。
民間レベルでも公的レベルでも、より多くの交流が必要だと思います。



−−最後に、漫画家としての今後の目標を教えてください!

ZON:私の作品を通じて、日本の方々が中国の文化や人々をより深く理解するきっかけになれば嬉しいです。文化的な「架け橋」のような役割も果たせればと考えています。
また、「中国人作家」という珍しさで手に取られるのではなく、純粋に「作品の力」で評価されるよう、まずは今の連載を完璧に仕上げていきたいと思います。
将来的に、自分の作品がドラマや映画になったらいいなぁ…(笑)。



−−独自の視点を持つZONさんの作品が、これからどのように広がっていくのか、とても楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(提供:ZONさん)



『ニーハオ、おいしい東京日和。』
WEBサイト:https://to-ti.in/product/nihaotokyo

ZONさんのX:https://x.com/ZON88888888






(取材・文/劉聰/在日中国人ライター)

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