コロナ禍の互助から、日本初の「外国人による専門救助隊」へ
在日華人組織「龍在日華人援助協会」の知られざる素顔

2026.05.11
(写真左:劉勇会長、写真右:池師文副会長)



日本で生活する外国人が増える中、社会貢献や災害救助に国境を越えて尽力する団体があります。

「龍在日華人援助協会(通称:龍チャリティー協会)」は、在日中国人を中心に設立され、現在1100名以上のメンバーを擁する外国人ボランティア組織です。

コロナ禍での同胞支援から始まり、能登半島地震での迅速な被災地支援、行方不明者の捜索、海洋環境保護活動、さらには日本初の外国人による専門救助隊の結成へと活動を広げています。

今回は、劉勇会長池師文副会長のお二人に、自らの身を削ってまで他者を助ける理由や、命と向き合う過酷な現場のリアル、そして「日本社会で共に生きる」という揺るぎない信念について、その胸の内をたっぷりと語っていただきました。




異国の地で立ち上がった有志たち。設立の原点はコロナ禍のパニック


−−本日はよろしくお願いします。まずは、お二人のご経歴と協会の設立の経緯から教えていただけますか。

劉勇会長(以下、劉):
私は2005年に来日し、今年で日本生活は20年以上になります。中国黒龍江省牡丹江市出身です。

来日当初は工場勤務から始まり、その後、実店舗の経営、不動産業、日本語学校など幅広く事業を展開してきました。

現在はそれらの事業から離れ、これまでの貯金を取り崩しながら、ほぼ専業でこの協会の活動に注力しています。

協会の正式名称は「龍在日華人援助協会」です。
設立は2021年の東京オリンピックの時期で、新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本の医療体制が極度に逼迫していた最中でした。

病院に入れない、救急車も呼べない、言葉の壁もあるという状況下で、日本にいる華人同士の互助グループとしてスタートしたのが始まりです。



−−当時は本当に混乱していましたね。具体的にどのような支援から始めたのでしょうか。

劉:
武漢で支援チームのリーダーを務めた権威ある2人の医師の友人がおり、彼らにオンラインでサポートをお願いしました。当時は死亡率が高いデルタ株が猛威を振るっており、特効薬もありません。私たちは彼らの経験に基づき、免疫力を高めるための食事や療養方法のアドバイスを行いました。

さらに、重症化した方のために「酸素ネットワーク」を構築しました。
酸素ボンベを購入して各地に配置し、血中酸素濃度が急激に下がった患者の元へ24時間以内で届けるシステムです。
これにより時間を稼いで人工呼吸器のある病院へつなぐことができました。

結果的に、軽中重症を含む1800世帯のオンライン相談・支援を実施しました。全て診療記録の原本があります。
そのうち27人が重症でしたが、死者は0人でした。



−−池副会長が協会に参加されたのも、そのコロナ禍がきっかけだったそうですね。

池師文副会長(以下、池):
はい。私は2006年に留学生として来日し、現在はアメリカビザの申請代行などの会社を経営しています。
私が協会に加入したのは2022年6月24日です。

2021年から2022年にかけてのコロナ禍では、在日外国人のパスポート更新が非常に困難な状況でした。

私は当時、個人的に十数個の在日華人のコミュニティグループを作り、1つのグループに4、500人が参加している中で、ボランティアとしてパスポート更新の予約の取り方などをサポートしていました。

そんなある日、私の活動を知る見知らぬ女性から「夫の肺が限界で危ない」と助けを求める連絡がありました。
私はすぐに劉会長に連絡をつなぎました。劉会長と直接面識はありませんでしたが、その分野で劉会長に知見があることを知っていたからです。

会長が電話越しに患者の息遣いを聞き、「血中酸素濃度が80台に落ちているはずだ。すぐに救急車を呼びなさい」と指示を出しました。

救急隊が到着した時には濃度が81、病院に着く頃には69まで下がっており、即座にICUでECMO(人工肺)を装着することになりました。

あと10分遅れていたら命はなかったそうです。

その後、一命を取り留めた彼が退院して私に会いに来てくれ、指輪が食い込むほど強く手を握りしめて「ありがとう」と何度も言ってくれました。

その時、「命を救うとはこういうことなんだ」と震えるような感動を覚え、本格的に公益活動に参加することを決意しました。



行方不明者の捜索から能登半島地震まで。被災地で生まれた「温かい絆」


−−コロナ禍を経て、活動はどのように広がっていったのでしょうか。

劉:
ウイルスが収束に向かう中、せっかくこれだけ多くの人が集まったのだから、同胞だけでなく日本社会のためにもっと何かできないかと考えました。

そこから、行方不明の老人や子どもの捜索活動を開始しました。
例えば2022年9月、千葉県松戸市で行方不明になった女の子の捜索では、11日間で延べ300人以上のボランティアを投入しました。

また、認知症を患う81歳の日本人男性の捜索を支援するなど、国籍を問わず分秒を争う救助に奔走してきました。

その後、熱海での土石流災害への物資支援などを経て、2024年1月1日の能登半島地震へとつながります。



−−能登半島地震の際は、信じられないほどの早さで被災地に入られたと聞いています。

劉:
地震発生の夜、津波の避難を呼びかけるニュースが、日本語だけでなく英語や韓国語、中国語で放送されているのを見ました。

日本は自国民だけでなく、他国の人々の命も守ろうとしている。その深い人道的配慮に感動し、「私たちも社会に恩返しをすべきだ」と即座に決断しました。

翌日には現地の自治体や民間の救助隊に連絡を取り、数時間のうちに約200万円分の粉ミルクやおむつ、防寒具などを調達して、その日の夜には車7台、ボランティア20人で東京を出発し、輪島市に向かいました。


池:
道は陥没し、車がいつ転落してもおかしくない状況でした。
途中で遺書を書いて家族にパスワードを伝えたメンバーもいたほどです。

輪島市の文化センターに到着した時、支援物資の倉庫はほぼ空っぽでした。
私たちが一刻も早く物資を届けたかった理由がそこにありました。

2回目の現地入りでは、劉会長の友人である鐘社長(現「池袋パンダグルメ城」責任者)が、3tトラック2台で800万円分以上の毛布等の物資を被災地に運びました。


劉:
約10日後には、3回目として、12人のボランティアが炊き出しの支援に向かいました。

日本の皆さんが大好きな豚骨スープと、中国の特色である餃子を組み合わせた「豚骨水餃子」です。
珠洲市などの8カ所の避難所を回り、4日間で3,700人分を提供しました。

皆さんが「美味しい」と食べてくれた姿は忘れられません。

あるおじいさんは、餃子を食べた後、「家にはこれしか残っていないけれど、私の気持ちだから受け取ってほしい」と、ニンニク2つとネギ1本を持ってきてくれました。
災害の前では中国人も日本人も関係ありません。

心と心が通じ合う、最高の贈り物でした。



命を救う救助隊から環境保護、次世代育成まで。広がる「共生」の輪


−−被災地での経験を経て、救助隊を設立されたそうですね。

劉:
倒壊した家屋を目の当たりにして、単に物資を送るだけでなく、日本の救助隊を直接支援できる力が必要だと痛感し、日本で唯一の「外国人による専門救助隊」を設立しました。

現在は日本の民間医療・救助団体「空飛ぶ捜索医療団(ARROWS)」とも深く連携し、専門的な訓練を受けています。

いつか南海トラフ地震や首都直下型地震が起きた時、私たちは国籍を問わず人々を助ける強大な力になりたいのです。


池:
現在、チームには上級救命士が5名、防災士が3名、AEDの応急手当普及員が6名、さらに50名以上の上級救命資格認定ボランティアが在籍しています。

外国人の団体でこれほど専門資格を持つチームは珍しいはずです。

中国国際航空様からは2度の寄付をいただいています。
1回目は、救援物資の購入費として、約200万円、2回目はAED20台の提供により、約600万円です。
今年は3回目として、3t積載の救援車両1台(約600万円相当)の寄贈が予定されています。

企業や学生向けには防災・救急トレーニングも行っています。

今年は特に、「車載AEDプロジェクト」などの宣伝に力を入れるなど、より多くの人にAEDを普及させる計画を本格的に推進しています。



−−災害救助以外にも、実に多岐にわたる活動をされていますね。

池:
はい。例えば「海洋環境保護活動」です。

きっかけは、中国人が海辺でカキを採り、殻をその場に不法投棄している動画がネットで拡散され、中国人のイメージが損なわれたことでした。

不法投棄になることを知らなかったことが原因でしたが、私たちは「ここに住む以上、環境を自分の家のように大切にすべきだ」と考え、千葉県の海岸で子どもたちを含む150人以上を集めて大規模なゴミ拾いを行いました。
この活動は千葉日報の紙面にも大きく取り上げられました。

また、日中交流の架け橋としての活動もしています。

2年前の横浜での国際パレードには178名の会員が参加し、56の少数民族の衣装を着た陣形を披露したり、その他の多数のイベントにも協力しています。

日中友好交流に関する活動は毎年多く、1年間で少なくとも100以上の活動に関わっています(救急、救助、救援、防災、日中友好交流活動等含む)。


劉:
次世代を担う子どもたちのための「新苗公益」という取り組みも進めています。

中国人の小中学生に社会貢献やゴミ拾いなどの活動に参加してもらい、幼い頃から、他人や社会のための公益意識を持たせるための教育活動です。




「ゼロからイチまで」見返りを求めない人道支援


−−日本で亡くなられる中国人の方の親族に対する支援も行なっているそうですね。

劉:
そうですね。日本でうつ病などを患い、自ら命を絶つ若者も少なくありません。
彼らが亡くなった後、親御さんが日本に駆けつけても、言葉が通じず、悲しみで頭が真っ白になっています。

私たちは空港への出迎えから、警察での遺体との対面、火葬、そして遺骨を抱いて帰国されるまで、全行程に無償で付き添います。


池:
アパートの解約や遺品整理、銀行口座の手続きなど、「ゼロからイチまで」すべてサポートします。

ある労災事故の際は、ご遺族に半年間私の家に住んでもらい、賠償金の手続きまで付き添いました。

もし私たちが協力せず、放置される事態になれば、「中国人はこれだから」と偏見を助長する可能性もあります。
だからこそ、最後まで責任を持って対応することには、社会全体のためにも価値があることだと感じています。



−−話をお聞きしていると、資金面や精神面の消耗も激しいと思います。原動力は何でしょうか?

劉:
資金の多くは私の持ち出しですし、メンバーも自費で交通費や食費を負担し、自分の時間や仕事を犠牲にして参加しています。

また、全力を尽くして命を救ったのに、「恩を仇で返される」ような人間の暗い本性に直面することもあります。

だからこそ、私は支援メンバーにいつも「任務が終わったら、その場で断ち切れ」と伝えています。

見返りや感謝を求めてはいけません。
相手の苦難が、私たちに「人を助ける」という人生の価値を実現する機会を与えてくれたのですから、むしろ私たちの方が感謝すべきなのです。

私自身の原点として、幼い頃に生存率が極めて低い難病(亜急性敗血症)にかかり、当時中国全土で助かったたった3人のうちの1人として奇跡的に生き延びた経験があります。

「自分が雨に濡れたことがあるから、他人に傘を差してあげたい」。
命に対する畏敬の念が、私の根底にあります。



「動く新しい中国の名刺」として、日本社会と共生する未来


−−今後、日本社会で活動する上で何が大事だと考えますか?

劉:
日本は非常に包容力のある素晴らしい国です。
私たちは人生の半分以上を日本で過ごし、友人や親戚もおり、子どもたちの未来もここにあります。

もはや「故郷」であると同時に、「自分たちの家」なのです。
だからこそ、一部の外国人のネガティブなニュースが出るたびに「中国人だと言いづらい」と嘆くのではなく、自ら行動して社会に貢献するしかありません。

もし将来、南海トラフ地震や首都直下型地震のような大災害が起きたとき、私たち、外国人による専門救助隊が被災地に入り、日本の高齢者や子どもたちを救えば、社会全体が私たちを受け入れてくれるはずです。

私たちが良いことを続ければ、やがて社会の見方は根本から変わると信じています。


池:
文化や生活習慣が両極端とも言える日本と中国の間では「違い」が原因で衝突やすれ違いが生じることもあります。

だからこそ、日中双方の事情を深く理解している私たちが間に入ることが重要だと思います。

例えるなら、日本と中国という2人の「俳優」が『日中友好』という劇をより良く演じられるよう調整する「監督」のような役割です。

日本の方々に私たちの真の姿を理解してもらうために、私たちは「動く新しい中国の名刺」として、ポジティブな物語を伝えていかなければなりません。

お互いを尊重し、理解し合うための「種」をまき、友好の花を咲かせることが私たちの役割です。



−−最後に、今後の目標と読者の皆様へのメッセージをお願いします。

池:
今年は、防災訓練や車載AEDの普及活動をさらに拡大し、より多くの人に届けていきたいと考えています。

また、組織の持続可能な発展のために「NPO法人化」も進めています。
これが実現すれば、より体系的な組織運営が可能になり、支援の輪も広がるはずです。

そして皆様に伝えたいのは、「一緒にやりましょう」ということです。

私たちの活動は中国人に限定したものではありません。
無国籍でオープンなチームとして、日本のボランティアの皆様の参加を心から歓迎します。


劉:
すでに災害支援の現場では日本の「空飛ぶ捜索医療団(ARROWS)」と連携し、日本の他団体とも協働するなど、日中という枠組みを超えた国際的な交流も進んでいます。

かつては、私たちは「中国人が中国人を助ける」という華人の互助グループでした。
そこから徐々に変化し、今では社会全体を支援するようになりました。

現在は中国人のグループとして社会に向き合っています。将来的には、対象を中国人に限定しない予定です。
チームにも支援対象にも国境はありません。これは非常に重要なことです。

中国人は中国人同士だけで固まるべきではないと思います。
同じ環境にいる以上、皆が融合していくべきです。
国籍関係なく、人間は皆同じで、本質は変わりません。

中国人、日本人、アメリカ人、韓国人といった区分は、国家の政治的都合で線引きされているだけです。
月に行って振り返って見れば、地球に境界線などありません。
人類が勝手に境界線を作っただけです。

今後は、国籍を問わず、志ある方々が一緒に集まり、活動をより大きくしていけることを願っています。
手を取り合って、私たちが暮らすこの社会を、そしてこの世界を、共により良い方向へ進めていきましょう。



龍在日華人援助協会」の情報はこちらから
・空飛ぶ捜索医療団(ARROWS)の関連投稿:https://arrows.peace-winds.org/journal/11618/
・能登半島地震の被災地における活動の記事:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/03413948bc75132a243175e363f8ad5fe485745b






(取材・文/劉聰/在日中国人ライター。日本外国特派員協会(FCCJ)会員)

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