国境を越えて響くストーリー─児童文学作家・中島空さんインタビュー
「多文化時代に子どもたちへ届けたい言葉」

2025.09.24
(中島空さん)


2021年に刊行された児童文学作品「境界のポラリス」は、中国にルーツを持つ女子高校生の視点から、アイデンティティの揺らぎや日本社会で暮らす外国人の葛藤を瑞々しく描き、大きな反響を呼びました。第61回講談社児童文学新人賞佳作入選作品です。

作者の中島空(なかしま・くう)さんは、1992年埼玉県生まれの児童文学作家。
一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了後、出版社に勤務。その傍ら、自身の体験や取材をベースに作品を書いています。

中島さんの本名は中島大地さん。ペンネームの「空」とは別に、本名でも活動されています。
大学時代から日中交流活動に深く関わり、2019年には「Panda杯全日本青年作文コンクール」の参加者として、習近平国家主席に宛てた手紙に返信をもらった経験を持ちます。

今回は、そんな中島さんに、自身の創作の原点から、デビュー作「境界のポラリス」に込めた思い、そして未来のビジョンまで、多岐にわたるお話を伺いました。



−−本日はよろしくお願いします。中島さんが初めて会う方に向けて、自己紹介をされるとしたら、普段はどのようなお話をされるのでしょうか?

こちらこそ、よろしくお願いします。
そうですね、初めましての自己紹介では、「今は出版社に勤めつつ、物書きとして小説を書いています」という感じでお話しています。

また、小説では、異文化理解や多文化共生といったテーマを扱っていること、もともと日中交流の活動に関わっていて、上海に半年間留学した経験などから、中国の文化や文学に強い興味を持っていることなどを付け加えます。



−−その中国への関心は、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか?

本当に単純な理由でして、小学校の頃に「三国志」を読んだのが一番最初のきっかけです。歴史小説が好きだったので、すっかりハマってしまいました。
そこから漢詩や中国の古典文学にも興味が広がり、「もっと中国のことを深く知りたい」と自然に思うようになりました。



−−大学では中国文学を専攻されたそうですね。そこから研究対象としてではなく、ご自身で「書く」という方向に進まれた経緯を教えてください。

大学や大学院では、中国の近現代文学、特に今の中国の人たちが自国をどう描いているかに興味を持って研究していました。当時はあくまで研究対象として作品を読んでいて、自分が書く側になるとは全く考えていませんでしたね。

大きな転機になったのは、出版社に就職して児童文学に触れる機会が増えたことです。
当時の日本の児童文学界を見渡したとき、主人公は日本の子で、物語の舞台も日本、というのがほとんどでした。
もちろん素晴らしい作品はたくさんあるのですが、「日本で暮らす外国にルーツを持つ子の目線で描かれた物語があってもいいのではないか」と感じたんです。それが、自分で書こうと思い立った直接の動機ですね。

(赤い背表紙の本は中島さんのお気に入りの小説、中国の現代小説家・余華著「死者たちの七日間」。事故で亡くなった一人の男が社会の矛盾で苦しんだ人たちとめぐり合い、命を問い直す物語)



−−中島さんを語る上で、習近平国家主席へのお手紙の件も欠かせないかと思います。この経験と作家としての執筆活動には、何か関連があるんでしょうか?

主席からお手紙をいただいたことについては、これまで自分が関わってきた日中交流活動の一つの成果というか、それに対する温かいご返答だと捉えていて、本当に光栄なことだと思っています。
ただ、お手紙それ自体というよりは、そこにいたるまでの中国の方たちとの交流で得た経験や、出会った人たちとの記憶が創作に結びついた気がしています。



−−執筆のきっかけを、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?

執筆の大きなきっかけは二つあります。一つは、私が暮らす地域も含めて、外国にルーツを持つ方がすごく増えているという社会状況です。

最近、特に川口市などはそうですが、残念ながら、そうした方々への風当たりが以前より強くなっていると感じることがあります。

「国へ帰れ」といったヘイトスピーチを耳にすることもある。これから日本社会が人口減少も含めて縮小していく中で、海外の人々とどう共生していくかは、もう避けては通れないテーマだと痛感していました。

もう一つは、既存の物語の描かれ方への疑問です。
当時も、日本人の視点から外国人を助けたり、仲良くしたりする物語はありました。
しかし、どうしても外国人が「助けてあげるべき、かわいそうな存在」として描かれがちで、対等な目線が欠けていると感じることが多かったんです。
そうではなく、当事者の視点に立ち、彼らの内面から物語を展開したい、という思いがありました。



−−主人公の恵子をはじめ、登場人物の造形には、そうした当事者への取材が色濃く反映されているのですね。

はい、その通りです。
日中交流学生団体「freebird」での活動などを通して、主人公の恵子のように中国にルーツを持っている、同じような境遇の方々にたくさんお会いしました。

その中で、日本の学校でのいじめや、それが原因で不登校になったという経験は、色々な方から聞きました。それは特別なことではなく、彼らにとっては「よくある話」なんだと実感し、衝撃を受けました。
そうしたルーツゆえの苦しみを伺ううちに、これをテーマにすべきだと考えました。

この現状が少しでも良い方向に変わってほしい、という願いが執筆の原動力になりましたね。

(中島さんのお気に入りの書店「東方書店」にて。神保町に所在するこの書店では、中国・香港・台湾の書籍・雑誌を専門に扱っており、学術書、研究書、一般書、同人誌や専門性の高い特殊な書籍まで幅広く取り揃えている。店側の許可を得た上で店内で撮影)



−−作中で、特に感情移入したキャラクターやご自身を投影したキャラクターはいますか?

主人公の恵子についてはモデルの方がいて、その方の話を踏まえつつ、物語を展開していったという経緯があるので、特に感情移入しているかなと思います。

作中に登場する青葉自主夜間中学校の幸太郎先生など、一部の登場人物に自身の経験が反映されている部分も少しはありますが、特定の誰かを「自分」として投影したわけではなく、あくまで物語の中の人物として客観的に描くことを心がけました。



−−「境界のポラリス」という作品タイトルに込めた思いも、お聞かせください。

まず「境界」という言葉を入れたかったんです。
主人公は、日本と中国という国の境目、文化の境目に立っています。
それは、どちらにも属しきれない、どっちつかずの曖昧な立場とも言えます。
そのアイデンティティの複雑さや捉えづらさの中で、自分の心の中に、はっきりと輝く確かなものを見つけていく物語にしたいと思いました。



−−それが「ポラリス」なんですね。

はい。ポラリス、つまり北極星は、夜空で動かない星です。
周りの星がどう動こうと、常に同じ場所で輝いている。そんな確固たる自分の軸となるものを、彼女が見つけていく物語にしたいという思いを込めて、このタイトルにしました。



−−執筆過程で、編集者とのやり取りの中で変わっていった部分はありますか?

大まかなストーリーは変わりませんでしたが、文体のタッチは大きく変わりました。
実は、当初はもっとライトノベルや漫画に近い、軽やかなタッチだったんです。
ですが、講談社の編集者の方から「もっと登場人物の心情を深く描いた方が、読者一人ひとりに届くのではないか」という助言をいただき、何度も推敲を重ねました。

また、キャラクターを深掘りするためにシーンを増やした部分も多いです。
例えば、不登校になってしまう陳克という男の子がいるのですが、彼の物語は当初ほとんどありませんでした。
編集者の方に「この子のことが分からない。もっと掘り下げた方がいい」とアドバイスをいただき、彼の背景や心情を丁寧に描くエピソードを加えました。

物語の構成上、スピーチコンテストをクライマックスに持ってくるなど、現実の時間軸とは少し変えた部分もあります。そうした試行錯誤を経て、完成形に至りました。



−−中島さんが小説家として、児童文学という媒体を選んだ理由はありますか?

児童文学を選んだのは、中高生の頃から本が好きで、ずっと読んできたので、その当時の自分に対して書くみたいな、そういう部分も少しあります。

これから先、海外にルーツを持つ人は日本でもどんどん増えていくと思います。
そういう方にも読んで欲しいですし、海外にルーツのない日本人にも読んでもらって、彼らの心境などを想像してもらえるようなツールというか、一つの入り口にしてもらえたら嬉しいです。



−−もし今後「境界のポラリス」が映像化されるとしたら、どのような形を希望されますか?

夢ですが、ぜひ日中合作で実現してほしいです。
どちらか一方の国の主張だけが強く出るのではなく、両国の視点を尊重し、メインテーマである異文化理解や多文化共生を丁寧に描いてほしいですね。
特に、日本の視点から「かわいそうな外国人を助ける」というような、上から目線の物語になってしまうのは避けたいです。



−−キャストや音楽について、具体的なイメージはありますか?

主人公の恵子は、中国にルーツを持ち、日本で活躍されている俳優の方に演じてくださると、背景も含めてすごくしっくりくるなと個人的に思っています。

音楽は、しっとりしたバラードというよりは、ロックな感じがいいですね。自分が中高生の頃に聴いていたBUMP OF CHICKENさんのような、疾走感の中にも儚さや切なさを兼ね備えたJ-ROCKが、この物語の世界観に合う気がしています。



−−中島さんの創作活動に影響を与えた作家や作品はありますか?

作家の森絵都さんには大きな影響を受けています。
中高生の頃から本当に大好きで、特に初期の作品「リズム」には衝撃を受けました。思春期のリアルな心情が、一人称で生き生きと描かれていて、今読んでも全く色褪せないんです。

同じく森さんの「つきのふね」という作品にも大きな影響を受けました。
当時のヤングアダルト(YA)という分野では、心の闇や死、性といったテーマを扱うことはまだ少なかった。そこに森さんが先駆けとして踏み込んでいったことに、「リアルなことを書いていいんだ」と感じ、作家としてのスタイルに憧れを抱きました。

私が児童文学を選んだことも森さんの作品が強く影響しているかもしれません。



−−創作活動に影響を与えている実際の出来事やエピソードはありますか?

日中交流活動に参加していなければ、絶対に小説は書けなかったと思います。

まず大学時代の留学経験です。
最初に大学1年生の夏に天津へ3週間、その後、大学院生時代に上海に半年間留学しました。
それまでは漢詩を始め、中国古典の研究ができればいいと思っていたんですが、現代中国語もできた方がいいと思うようになって。

留学を通じて、周りがほとんど中国人という環境の中で、自分が初めて「マイノリティ(少数派)」の立場になったんです。
その経験を通じて、マジョリティ(多数派)の中にいると気づけない、少数派の人の視点や気持ちを想像するようになりました。

また、「日中交流学生団体freebird」での活動がなければ、創作のきっかけになるような出会いも限られていたと思います。



−−中島さんにとって「書くこと」とは、どのような意味を持つのでしょうか。

難しい質問ですね…(笑)
原体験は中高生の頃にあります。図書部のような活動の一環で、読んだ本の感想やレビューを書いて冊子にまとめていました。
すると、それを見た他の生徒から「これは違うんじゃないか」、「私はこう思う」といった反応が返ってくる。自分が書いたものを媒介にして、新しい交流が生まれるのがすごく楽しかったんです。
その「書くことを通して誰かとつながる」という経験が、今も自分の根底にある気がします。もちろん、良い評価ばかりではなく、批判されることもありますが、それも含めてのコミュニケーションが、私にとっての書くことの醍醐味です。



−−中島さんの作品の根幹をなす「多文化共生」というテーマについて、ご自身はどのようにお考えですか?

これもまた、とても大きな問いですね。
私の理想は、様々な国にルーツを持つ人々が、それぞれの文化や言葉を尊重され、それが保たれたまま一緒に暮らしていける社会です。
最低限の意思疎通はできた方がいいと思いますが、無理に日本の文化に染まらせるのではなく、お互いの違いを認め合うことが大切だと思います。



−−そのためには何が必要だと考えますか?

昔に比べれば、今の若い世代の多文化共生をめぐる状況は良くなっていると感じます。
クラスに外国籍の子が何人もいるのが当たり前の環境で育っている子も多い。そうした子どもの頃からの日常的な交流も重要かもしれません。

私自身は、子どもの頃のクラスに中華系の同級生が一人いたくらいで、ほぼ日本人だけの環境で育ちました。
大学時代に中国へ行き、自分がマイノリティになる経験をしたことが、「多文化共生」というテーマを考える上で大きな意味を持ったのだと思います。



−−今後の作家としてのビジョンについてお聞かせください!次回作の構想などはありますか?

まず、近々の目標だった「境界のポラリス」の中国語版が、先日、外文出版社から無事刊行されました。これは本当に嬉しい出来事です。

基本的には日本の中高生向けに書きたいと思っていますが、できれば、中国の人に日本の文化を伝えるみたいなこともテーマにして、中国の中高生向けにも作品を書ければと思っています。
日中間では、民間交流はたくさんあるはずなんですが、社会全体としてみると課題も多いと感じます。そういった状況に対して、小説を通じた文化交流のような側面から、交流を深めていけたらいいですね。

次回作として書きたいテーマは、大きく二つあります。
一つは、「境界のポラリス」とは逆の視点で、日本の中高生が中国にホームステイや短期留学をする物語。取材はもちろん、自分の経験も踏まえながら、現地で感じる面白さや文化的な違和感などを描いてみたいです。

もう一つは、新大久保のような、多様な文化が混在する街を舞台にした物語です。新大久保は、日本における多文化の縮図のような場所です。
実際にそこに暮らすネパールやベトナム、韓国、中国など様々な国の方々にお話を聞いて、それを中学生や高校生に届く児童文学という形で表現できないかと考えています。



−−プライベートの目標はありますか?

とにかく、また中国に足を運びたいです。
コロナ禍で6年ほど行けていなかったのですが、先日、久しぶりに訪れた中国は、6年前とは大きく変化していました。
やはり現地に行かないと分からないことがたくさんあると痛感しましたね。

この先は、上海のような大都市だけでなく、これまで訪れる機会のなかった地方や農村部にも行ってみたいです。
まだ日本で知られていない中国の姿を取材し、それをいつか小説にしてみたいというのが、大きな夢ですね。



・中島空さん
X:https://x.com/patapo0001


・中島空著. 境界のポラリス. 講談社
講談社Web:https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000357155
Amazon:https://www.amazon.co.jp/境界のポラリス-中島-空/dp/4065257611


・東方書店
HP:https://www.toho-shoten.co.jp/
所在地:東京都千代田区神田神保町1丁目3−4
営業時間:月〜土 10:00〜19:00 日曜日は定休日


・日中学生交流団体freebird
HP:https://pando.life/freebird




【HYAKUYOU編集部】

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